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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(9)氷の宰相

だんだんチャプター1も終わりに近づいてきました。これまでほとんど何もしていなかったラウラがようやく小説の筋の流れに乗ることになります。道先案内人は、もと聖職者という異例の経歴を持った新宰相イグナーツ・ザッカです。少し長いですが、途中で切るような内容ではないので、そのまま載せてしまいます。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(9)氷の宰相


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

「あの、ラウラさま……」
マリア=フェリシア姫付きの召使いエレインが呼びかけた。ラウラはその戸惑った様子にすぐに氣がついた。

「どうしました?」
「その、宰相さまが、姫さまとラウラさまにお会いしたいと、おっしゃって使いをよこされたのですが……」
「姫が、なんとおっしゃったの?」
「その……。『氷は鍾乳洞にでもこもっていればいい、坊主に興味はない』と」

 周りの召使いたちが思わず笑い声をもらしたが、ラウラがにこりともしなかったので慌てて咳払いをしてごまかした。

 彼女はため息をついて、立ち上がった。
「わかりました。宰相殿はどちらに?」
「孔雀の間でお待ちです」

 彼女は左腕に覆い布を被せると、宰相に会うために出て行った。

「ねえ。宰相さまが姫さまに何の御用があるんだと思う?」
アニーは親友であるエレインに問いかけた。エレインは首を傾げて答えた。
「わからないわ。でも、ここのところ、多いのよね。ヴァンクール様は一度だって姫様に会おうとなさらなかったのに」

 アニーは口には出さなかったが、あの姫様に会ったって、国政の事なんかまるで関心がないのにと思っていた。さらに、亡くなられた前宰相ヴァンクールさまとは、ずいぶん違うやり方をなさるおつもりらしい、そう思った。

「お待たせいたしまして、申し訳ございません」
ラウラは、孔雀の間に入ると、窓から外を見ている黒衣の男に声を掛けた。男はゆっくりと振り向いた。
「これは、バギュ・グリ殿。つまり、姫はお見えにならないんですね」
「お見えになりません」

 彼女は理由を言わなかった。嘘をついても、この鋭い男には通じない。
「構わないのですよ。どちらにしても、姫とはあなたとするようなディスカッションは期待できません。かといって、声をおかけしないわけにもいきませんからね」

 彼女は顔色一つ変えずに口を開いた。
「姫や私とお話をなさる事が、どうして必要なんですか」
「姫は将来この国の女王となられる方です。ふさわしい判断力を持っていただく必要があります。それが出来ないのであれば、補佐をする方に正しい判断力を持っていただかねばなりません」

「私は姫が女王になる時に、ここにいるとは思いませんわ」
「なぜです?」
「あと一年で姫が二十歳になられると、私の役目は終わるからです。姫がその後も私を必要とされるとは思いません」

 ラウラはマリア=フェリシア姫が鞭打つ楽しみを失ったあとも自分に側にいてほしいと思うほど好かれていない事をはっきりと自覚していた。そしてそれは残念な事ではなかった。現在のような暮らしはもう二度と出来ないだろうが、良家の子女の家庭教師や女官としての仕事ならいくらでも見つかるに違いない。少なくとも自分の力だけで生きていけるだけの教育を授かった事をありがたく思っていた。

「姫があなたになんとおっしゃったかはわかりませんが、少なくとも国王陛下はあなた以上の補佐の出来る女性を簡単に見つける事が出来るとは思っておられませんよ」
「補佐の女など必要ないではありませんか。たとえ、姫がすぐに戴冠せねばならない事になっても、あなた方、廷臣の皆様が実際の政治をなさるのでしょう」
ラウラは言葉を選びながら、真剣に答えた。

 本当に女にしておくのは惜しい。《氷の宰相》は感心した。

 先日、国庫の財政状況の改善について、姫の意見を伺った時にも、姫と他の女官たちが馬鹿にしたような顔で興味のなさを露呈したのに、ラウラだけは建設的で意味のある意見を口にした。もちろんザッカにしてみれば、理想に走りすぎた優しい意見に過ぎなかったのだが、少なくとも彼女は国庫にとって重要な意味を持つ通行税や関税の減少について知っていたし、タタム峠に至る《シルヴァ》を横切る道の整備でグランドロンに流れた商人たちを呼び戻せる可能性に言及した。他の女官たちは、タタム峠がどこにあるかもわかっていなかったのだ。

 女たちは衣装と遊びにしか興味がない愚かな存在だと、ザッカは思ってきた。そのくせに、自分の利に関する事に関しては、後先を考えずに政治に口を出そうとする、厄介な存在だと。女には冷静に物事を判断する能力が欠けている。だが、この娘だけは別だった。大臣にも匹敵する知識と能力があるにもかかわらず、女である故に政治に関わる事はないと冷静に自分の立場をわきまえている。意見ははっきりというが、それを受け入れてもらえる余地があるとは思っていない。その冷静さを知って以来、ザッカは彼女に一目置くようになっていた。

「姫には、あなたが必要ですとも」
ザッカは不敵な笑みをもらした。彼女にはその意味が分からなかったが、問いただしたいとも思わなかった。

「私をお呼びになったのは、その話をなさりたいからではありませんのでしょう?」
「違います。今日は、聖カタリナ修道会の閉鎖について、姫とあなたのご意見について伺うつもりで参ったのですが……」

 彼女が黙って宰相の次の言葉を待っていると、彼は考え込むような顔をして言葉を切った後、不意に言った。
「憶えていらっしゃいますか、前回、お話をした時に、水路の迂回の話をした事を」
「ええ、もちろんですわ。もうじき工事が始まるとおっしゃった事も」

 ザッカはゆっくりと頷いた。
「そう。私はこれから非公式視察に行くつもりなのです。姫がおいでにならないなら好都合です。一緒に行きませんか」

 ラウラは息を飲んだ。それから頷いた。
「ぜひ行きとうございます。でも……」

「でも、何ですか?」
「私も同行して人に知られずに視察が出来るのでしょうか」

 ザッカは彼女の品はいいが贅沢な金刺繍のされたドレスを上から下までじろりと見て言った。
「その服装では無理ですな。目立たぬものを用意いたしましょう。二刻後に鐘楼に至る階段のところに一人でお越し下さい。くれぐれも他のものに見られぬように」
ラウラは黙って頷いた。

 彼女が鐘楼の階段に着くと、ザッカはもう来ていた。彼は托鉢用の茶色い粗末な僧衣を着てフードを被っていた。彼の聖職者姿を見るのははじめてだった。いつもの冷たく残忍にすら思える彼の顔が、この服装をすると厳格で敬虔な神父に見えるのが不思議だった。

 ラウラの姿を目に留めると、彼は階段の間近の床の文様を足で踏みながら不自然に手を伸ばして、少し遠くの壁を押した。今までただの壁だと思っていたところが、わずかな隙間をみせ、それは扉である事がわかった。

「ここを踏みながらでないと、開かない造りになっているのですよ」
その言葉に、ラウラは息を飲んで頷いた。

 ザッカは彼女に牛脂灯を渡して言った。
「服を用意してあります。中で着替えて下さい。着替え終わったら、ノックをして下さい。私も入りますから」

 ラウラは黙って頷いて、その扉から秘密の部屋に入った。牛脂灯の光では遠くまで見えなかったが、下へ向かう狭い階段があるのがわかった。閉まったドアの内側に、確かにドレスがかかっていた。ドレスもフード付きの外套も全て非常にくらい色で、暗闇の中では真っ黒に見えた。彼女はドレスを脱いで、その暗く荒い生地の服に着替えた。その服はラウラにはわずかに大きかったが着て不自然に感じるほどではなかった。彼女は手早く外套も身に着けると、扉をノックした。

 静かに扉が開き、僧衣の男は黙って入ってきた。そして、何も言わずに扉を閉めると階段を降りていった。

 これほど深い階段が、こんなところにあったとは! 十二年もこの城の中に住んでいたというのに、ラウラは知らなかった。これは、いざという時に秘密裡に城から出入りするための、この城の最高機密に違いなかった。階段を降りきると、石畳の暗い道が続いていた。そのトンネルの上部に時おり窓が見えた。といっても、それはほんのわずか穴が開いているに過ぎなかった。そこを通して、外界の音が漏れてくる。完全な静寂から、動物や鳥の鳴き声、樹々の間をわたる風の音、水音。

 緩やかな下りとなった後、またしばらく完全な静寂に戻ったのは、内側の城壁の下を通っているに違いない。ほどなくして、窓の光が再び見えてきた。聞こえてくるのは騒がしい街の様相だった。人々の行き交う様子、行商の声、家畜の鳴き声、扉を開けたり荷車を動かす忙しい日常の物音だ。子供の頃には彼女自身も馴染んでいた城下の風景だった。

 やがてトンネルはずっと狭くなり、行き止まりになった。ザッカはゆっくりと正面にある石を右側にずらした。そこに小さな取手があるのが見えた。彼が手前に引くと、壁は低い音を立てて横にスライドした。急に明るくなったので、ラウラは目をしばたいた。

 目が慣れてくると、向こう側は小さな民家の狭い部屋である事がわかった。宰相の目に促されて彼女はその扉から向こう側へ出た。牛脂灯を吹き消してザッカは彼女に続き、ゆっくりと扉を閉めた。部屋の側から見ると、その扉は飾り棚で覆われていて、傍目にはそれとはわからなかった。

「驚きましたか」
ザッカは口先だけをゆがめて笑った。ラウラは頷いた。
「この通路は古いものなのですか」

「ええ。城の建築当初からあったのですよ。この通路の存在を知っているものは、ほんのわずかです。国王陛下や王太女殿下も知りません。特に、あの姫に報せたりしたら、どんなに愚かな理由で使われるかわかったものではありませんからね。いざという時のために極秘にしておかねばならないのです」

 これはザッカからの口止めだった。それと同時に、宰相がマリア=フェリシア姫に対してどのような意見を持っているかの表明でもあり、大して尊敬も持っていない事をも示していた。ラウラは簡潔に答えた。
「わかりました」
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
政治の世界は難しいですね。
正しいことが正しいことであっても否定されることもある。
ならば、自分の思った道を進むしかない。
そんなときも多くありますよね。
2014.07.02 13:11 | URL | #- [edit]
says...
更新お疲れ様でした。

はぁ~、毎回面白いですね。とくに今回は、すごくわくわくしました。
ラウラは、ほんとうに賢い女性ですね。自分の立場や状況をわかっていて、最良の行動を取っているように見えます。もっとも、ザッカの誘いにあっさりと乗るところは、意外に大胆で好奇心旺盛なところもあるようですが。
氷の宰相と才媛学友コンビのお忍び、何事もなく済むとは思えませんね。どんな事件が待っているのか、次話が楽しみです。
2014.07.02 15:13 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよね。誰もが正義のために働いているわけではないし、たとえ理想のために働いていても、誰にとっても素晴らしい政治というわけではないです。中世に限らず、現代でもどこでもおなじですよね。

だから、それぞれが自分にとって正しいと思った道を進む、この小説でも、いろいろな登場人物がそれぞれの決断をしますが、同じことなんですよね。

コメントありがとうございました。
2014.07.02 19:59 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

しばらくラウラの所が退屈だったのですが、ようやく本筋に関わる話になってきました。
彼女は政治や社会について興味を持っています。ファッションや贅沢で盛り上がれる友達が一人もいなく、恋愛ゲームを仕掛けてくれるようなヒマな殿方もいないらしく、わりと真面目なことを一人で考えているちょっぴり暗いタイプの娘です。

来週は、またしてもマックス側に話が移りますが、その次の回では、ラウラはこのザッカとのお忍び視察でストーリーの根幹に関わるものを見る事になります。

後に、ザッカの決断とその根底にある信念、ラウラの想いと最終的な決断のもとになるストーリーです。これが終わるとようやくチャプター1も終わりに向かいます。

長くて時に退屈な小説ですが、読んでいただけてとても嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.07.02 20:09 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
夕さんはやっぱり構成力が凄いですね。
サキがこんなことを言うのもおこがましいですが、天賦の才能に加えてたくさんの物語や文章を書いてこられた経験のようなものを強く感じます。
あぁ、この設定はあそこからつながっているんだ。この人物はこのためにここに居たんだ。読み進むにしたがってどんどん繋がっていって、物語を読んでいくことが楽しくなっていくように書かれているように思います。
思いつきで進んでしまって戻れなくなるサキとは大きな差を感じています。

今回はラウラがようやく動き始めましたが、これまでの世界観が頭に中に入っているせいか、とてもワクワクしている自分に気づかされます。
ザッカにはとても興味を持っています。冷静な(冷徹な?)彼がラウラをどのように利用しようとしているのか、本音の一部をラウラに漏らしたのにはどんな計算があるのか、とても聡明なラウラは彼とどのように行動するのか、ラウラは当時の女性の枠をはみ出ることができるのか、楽しみがどんどんと増えてきます。
マックスの陰がこの回で薄くなってしまうほどです。
サキにとってはこのゆっくり更新がありがたかったりします。
時々復習に戻らないといけませんけど……。
次回、ゆっくりとお待ちしています。
ではまた。
2014.07.03 12:20 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

梅雨のまっただ中でしょうか? こちらは今朝は涼しかったけれど、日中は真夏全開でした。

さて、褒めてくださって嬉しいです。実は、この作品、構成失敗したかなと思っていたのですよ。

書いているときも、まとめて読む時にもそんなに感じなかったのですが、こうしてブログで間を空けながら発表するには、章ごとの関連性が薄いので「?」で、退屈かなあと。ようやく、ラウラ側もマックス側も本題と関係のあることが出てくるようになりましたが、もう、多くの方が脱落してしまったように感じます。

高校生の時にイメージしていたファンタジーの中世ではなくて、実際にあった中世をイメージしてストーリーを組み直したのですが、読者はどっちでもあまり氣にしていない、もしくはファンタジー中世ヨーロッパの方がウケたのかも。ま、そういう面白い小説は他の方がたくさん書いていらっしゃるので、私らしさという意味ではこっちしかなかったと思っているんですけれどね。

ザッカはとんでもないことをやろうとしています。そういう意味ではこの小説のキーパーソンです。このヒトのことは好きにもならず、嫌いにもならずに、行動を追うことをおすすめします。マリア=フェリシア姫のように単純な性格ではないです。

マックスは極楽とんぼですからねぇ。次回は再び彼の側に戻ります。ラウラの侍女アニーのお里の辺りが舞台になります。つまり、ルーヴにかなり近づいてきています。二人が会うまでもう少し。細かいことは戻ってまで思い出す必要はありません。「あらすじと登場人物」に出てこない人は、基本的に二度と登場しません(笑)

見捨てずに読んでくださって嬉しいです。
コメントありがとうございました。
2014.07.03 20:51 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
文章ややり取りから舞台の薄暗さや湿度まで伝わってきます。
ザッカは脇役の中でも個性が強くていいですね。
良い奴とも悪い奴ともつかめない感じが。
主人公に聡明で完璧な人物を持ってくるのは、物語としては逆に難しいのかもしれませんが、このラウラがこのあとどこかで悩んだり心揺さぶられたりすることがあるのかなと、そんなことも気になりつつ、楽しく読ませていただきます^^
2014.07.04 23:31 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

ありがとうございます。この地下道は、ちょっと御都合主義っぽいのですが、意外と多くのお城にあるらしく、使ってみました。

ザッカは経歴も考え方も信念もひと言では語れないタイプとして設定しました。
今の言葉で言うと現実主義ですが、どちらにしても好き嫌いの別れそうなタイプ。
それでもなぜそういうことをするのかを、説明ではなく、描写でかけたらいいなと挑戦してみました。
主役にはできませんがとても大切なキャラだと思っています。

ラウラもマックスも一見、欠点らしきものが見当たらない立派キャラに思えますが、実は生きることだけに精一杯で自分からはあまりなにもしない凡人タイプです。ラウラはさらにチャプター2ではうじうじ悩みまくることになります。二人ともどちらかと言うと自分のことしか考えておらず、それ以外についてはやる氣がないのにストーリーに巻き込まれます。なんか私の小説、そんな主人公ばかりだなあ。

もう少々でチャプター1が終わります。おつき合いいただけるととても嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.07.05 19:16 | URL | #9yMhI49k [edit]

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