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Posted by 八少女 夕

準備が必要?

先日、とてもお世話になった方が亡くなり、お葬式に出席してきました。故人との別れが悲しかったのは当然ですが、その葬儀の途中にふと思ってしまったことが。

こちらのお葬式、基本はキリスト教式で、神に祈ったり讃美歌を歌ったりするんですが、その途中で「Lebenslauf」っていうのを読み上げる慣例があるのです。一種の経歴です。いつ生まれて、どんな業績を残したか、って公式なものに加えて、子供の頃から何が好きで、それが人生にどんな影響を及ぼしたか、何を趣味としていたか、パートナーとはどんな楽しみを持っていたかというような。

それを聴いているうちに、「あれ、もし私が死んだら、誰がこれを作文するんだろう」と思ったのですよ。そうしたらものすごく困るだろうなって。

私がスイスにくるまでのことって、連れ合いも含めてスイスの人はほとんど知らない。業績も全く知らないです。話してはいるけれど、日本の固有名詞(大学名や会社名、業務内容など)、彼らにとってはどうでもいいじゃないですか。だから憶えていないはずです。

それに、私が生涯を通して情熱を注いでいたものって、小説書きと旅行なんですが、旅行はともかく小説の方は誰も読んだことがないからきっと外されるでしょうね。

それを考えると、自分で用意しておいた方がいいのかなと思っちゃうのです。こういうの、終活っていうんですかね。
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Comment

says...
 こんにちは。
うん 別にそのようなモノって正確である必要はないし 
残された親しい人たちの慰めになるような 残された人たちの記憶の中に描かれている姿でいいと思うのですよ。
葬式って 凄く忙しいではないですか あれっと 残った人たちがあまり考え込まない様に
必要以上に 煩雑にしていると思えるし…
自分が正確に描かれていないのが嫌だとか 残された人たちに煩わしい思いをさせたくないと思い 
自分で書き残しておくのもいいと思いますが
残された人達が苦しみを癒していく為の 一つの段階として 敢えて放置するのも またいいかな。

僕は 出来れば 死後この封筒を開けてくれと言い残して その封筒の中身は 焼香順だったのような
笑いを仕掛けて死にたいな。
2014.07.29 06:23 | URL | #- [edit]
says...
こんにちわ~(*´∀`*)

お葬式で経歴読み上げるんですか~・・・
わたしは人様に申し上げるほどの経歴が全くないので(笑) 逆に困るかもです。
死んで口が開けないから、そんな経歴読まないでよ((((;゚Д゚)))) と思ってしまうので仏教でヨカッタ(笑)

言葉や習慣の違うところにお嫁に行くと、そういう悩みも発生するんですね~。
八少女さんは素敵な小説をたくさん綴っているから、その点は外すべきではないと思ってしまいます。

万が一として、これだけは読み上げてね、みたいなものを用意しておくのもアリなんでしょうか。
2014.07.29 08:52 | URL | #mQop/nM. [edit]
says...
終活かあ(笑)
でも、そんなのを読み上げなきゃいけないとなると、遺族もちょっと大変ですね。
私、親の経歴だってちゃんと分からないし、趣味の話もそんなにしたことないし。

私だったら、「そんなの言わなくていいから」って言うかも。
いや、お葬式も要らないなあ・・・。なんかご足労掛けちゃうだけ申し訳ないような気がして。

お墓も供養も法要も要らないから、時々思い出してねって、子供に伝えたいけど、だめかな><
・・・なんて、今日、仕事中にぼんやり考えていました。(なぜだろう)
2014.07.29 13:50 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。
八少女 夕様にはまだまだ「終活」は必要ないかと…。

とはいえ、やはり気にはなりますね。
日本では、結婚式で経歴を述べたりしますが、
それと同じ感覚なのでしょうか。
結婚式だとあらかじめ打ち合わせできますが、
お葬式だとできませんからね…。

「終活」というほどではなくても、
日本での経歴などが分かるようなものを
作っておくといいかもしれませんね。
2014.07.29 16:22 | URL | #41Gd1xPo [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよね。
お葬式にやることがけっこうあるのは、まさにおっしゃる通りの効果があるんですが。
ただ、それってあまり考えないでいい程度に決まりきったことだからなのですよ。
着るものもはっきり決まっている。誰にどう連絡して、どこで何をすべきかも大体わかっている。
だから悲しみの中でも、誰かに助けてもらいつつ、「こなす」ことができるのです。

これが海のものとも山のものともわからない難題がくると、本当に迷惑なのです。
私が連れ合いの葬儀を取り仕切るのはそんなに大変じゃないけれど、連れ合いが私を弔うのは本当に大変。
なんせ日本の家族に「死んだんですけれど」「死因はこうでした」の説明すら満足にできない。彼が英語でちゃんと説明しても日本の家族はまともに聴き取れませんから。
準備しておかないと、大変なことになるのが目に見えています。Lebenslaufぐらいはどうなってもいいんですけれど。

たぶん、そこで笑いを取ろうなんてロクでもないものを残したら、きっとみんなぶち切れると思う(笑)

コメントありがとうございました。
2014.07.29 17:54 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

私の経歴も、わざわざ公開してもらいたいほどのものでもないんですが、「職業はプログラマーで(それは事実)で、家でも会社でもそればっかりやっていた(連れ合いの目にはそう映っている)」といわれるのは嫌です(笑)プログラマーとしての仕事が嫌いなわけじゃないけれど、それはあくまで生活費稼ぎで、家でやっていたのは「小説書きなのに〜!」と棺を開けて出てきちゃいます。

うちは本当に特殊なんですよ。私が通訳しないと、日本の家族とスイスの家族は、難しい話が全く通じない。普通は、ご主人が日本語を少し学んでいるとか、日本の家族にもう少し英語のできる人がいるとか、だれかが取り持てるんです。その役目を引き受けてくれそうなのは現在15歳の姪。もうちょっと頑張って長生きしないと。

「万が一用」は必要でしょうね。あと、突然死んだらブログやSNSをどうするかなんてのも考えておかないとなあ。

コメントありがとうございました。
2014.07.29 18:01 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
先日、友人のお母様が亡くなられて、あれこれ考えておりました。中学生の頃からお世話になっていた方だったし、その友人は関東、お母様は一人で神戸に住んでおられたので、入院された時には、友人の代わりにしばしば会いに行ったりしていました。
離れていたので大変だったと思うけれど、夕さんはそれどころじゃない距離ですものね。しかも、言語の壁となると、もっと大変。

お葬式って、確かに残された人のためのものですよね。でもお好きだったものを一緒に棺に入れて・・・・・というのを見ていると、当人にとっても、やっぱり旅立ちの時にはあれこれ持って行きたいものもあるのかもしれないなぁと思ったりして。でも、他の人が、○○さんはこれが好きだったから、と棺に入れてくれたものが、実は本当はどうでもいいものだったら何だか残念。
いや、基本は「どうせ死ぬ時ぁ、裸じゃないか~」なんですけれど。

でも、その経歴を読み上げるのって、何だか神道の祈祷に似ている気がしました。お葬式のことは知らないけれど……面白いですね。
書き残しておきたいこと……あるかなぁ。死んじゃったらもういいかなぁ。お葬式をしてもらえるんだったら、出棺の時にはIL DIVOのアレルヤをかけて欲しい。
2014.07.29 18:35 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
うちの親父が以前こんなことを言ってました。
大手に勤めていた親父はいろんな葬式に出たらしく、数々のそれは立派なお葬式ばかりだったそうです。
ですが、親父がしみじみ言っていたのは、
「あんな大がかりな葬式はしなくっていい
身内で仲のいい人間が数人集まってくれればそれでいい」
ということでした。
まだ両親も健在ですが、いつか向き合うのでしょうね。
私の後はいませんが、確かにいろいろ考えてしまいました。
2014.07.30 04:45 | URL | #- [edit]
says...
経歴の代わりに故人の小説を読み上げるというのも…
やっぱりダメかな?
私ならそんなことされたら死んでも死にきれません
2014.07.30 08:29 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。返事が遅くなってごめんなさい!

そうですね。でも、実の親子だったらある程度はわかっているんじゃないでしょうか。

「田舎がどこで、こんなことをしていて、苦労して育ててくれた」なんてけっこういい話が多いです。
また、すごく立派そうだったのに子供っぽい趣味があったとか、休みには自分で建てたログハウスで奥さんと仲良く過ごしたとか、人柄が分かる話でいい習慣だと思うんですよね。
でも、私のはきっと誰もわからない。しくしく。

大袈裟なお葬式は確かに「ちょっとなあ」って思いますよね。でも、遺族の負担を減らそうと思って「お葬式を一切しないで」って言い残しちゃうと、かえって遺族につらい思いをさせることもありますよね。「あそこ子供たちはケチで親の葬儀をしなかった」とずっと知ったかぶりの親戚に後ろ指さされたり、知り合いの方からバラバラに弔問やお香典が届いて、全部個別に対応しなくてはならなくなったり、他の人と全く違うことをやるとかえって面倒くさくなるのが日本社会の常かも。

ま、私くらい遠いと「お葬式に行けなかったので」と大騒ぎする人はきっといないと思うけれど。それ以前に、生きているか関心もたれていないかも(笑)

コメントありがとうございました。
2014.07.30 17:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。返事が遅くなりまして、すみません!

いやいや、もうとっくに折り返していますから、人生。
すでに用意した要望書を二度くらい破棄して新しいのを作り直しているのですが、そろそろまた新しいのを作らなくちゃ。それも今度は真面目に二カ国語で。「Lebenslauf」そのものはかなりどうでもいいことですが、海外移住者が死ぬと、手続きが本当に面倒なのですよ。私の叔母は英国在住ですが、同じことを考えているらしく、手続き担当の白羽の矢を立てられています。

人のことはけっこう助けられるのですが、自分のことをやってくれる人は今の所皆無なんで、こまりますよね。

コメントありがとうございました。
2014.07.30 17:33 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

彩洋さんがいて、お友だちはとても心強かったのではないでしょうか。
前は、人生についていろいろ考えると言ってもどちらかというとめでたい話の方が多かったのが、そろそろ入院だ葬儀だお墓だなんて話の方が多くなりますよね。

死んじゃう私自身は、葬式をしてもらおうと放置されようと、本質的には何も感じないと思うのですが、「用意したいのに何もわからない!」「連絡ってどうしたらいいんだろう」「って、向こうの家族と話通じないし」とただでさえバタバタしている時に負担をかけるのが嫌なんですよね。

その上で、「どうせ読むなら、嘘っぱちを広めるのはやめて」とも思うし。

「Lebenslauf」ってけっこういい習慣だと思います。たとえばどんな方だったかがわかるし、意外な一面もわかる。さらに遺族はしつこいほど説明させられるはずの「何で亡くなったの」もそこで言ってくれるんですよ。お葬式って、みんな同じくらいの親しさじゃない方が来るけれど、遺族はその違いが完璧にわかっていないことも多いじゃないですか。煩わしさを解消しててくれて、いいなあって思います。

>出棺の時にはIL DIVOのアレルヤをかけて欲しい。

あ、わかります。ブログのお友だちや創作仲間のみなさんはその選曲の理由をよくわかっているけれど、親族にしてみたら「?」かも。私の父の葬儀ではモーツァルトの「フリーメーソンのための葬送行進曲」をリピートさせてました。母がその希望を聞いていたので。こういうのって、臨終近くなったら訊けないから、私も今のうちに連れ合いに言っておかなきゃ。私の希望はフィービッヒの「ポエム」。全然葬儀っぽくないけれど、個人的にマイテーマなので。

コメントありがとうございました。
2014.07.30 17:44 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

立派な会社でたくさんの方のお葬式に立ち会われたお父様ならではのお言葉ですよね。
大きくなればなるほど、いろいろと大変ですし。
もちろん、故人を偲びたい多くの方がいらっしゃるので、そうなるんですが。

そうなんですよ。私も、子供がいれば、違うんでしょうけれど、いないものでいろいろと面倒なんです。
緊急でないけれど入院が決まったなんてときには、最低限の後始末は済ませておくべきかななんて思います。

順番からいくと、まずは親のことなんですけれど、でも、こればっかりはどっちが先になるかはわかりませんしね。

コメントありがとうございました。
2014.07.30 17:49 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ダメ子さんったら、それは今風の言葉で言うとまさしく「誰得?」なのでは(笑)
そもそも、彼らには暗号状態ですし。

ダメ子さんの場合は、「ダメ鬱」を冊子にして配布ですかね?
いいかもしれません!

コメントありがとうございました。
2014.07.30 17:51 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
生きとし生きる者は全ていずれは死ぬ運命です。
その最後の時に安らかに、笑顔で思い残すことなく死ぬことができるか、だと思います。

でも、自分や自分の親い人が死ぬ姿ってあまり想像しにくいです。
現実感がないというか、なんというか。

私だけでしょうか?
2014.08.01 05:13 | URL | #- [edit]
says...
 今夜の〆はカツ丼で。・・・あ、違う?
 こんにちは。所変われば色々と違う文化が有るものですね。
 私個人的の考えですが、最後は何も要りませんなぁ。葬式も要らないし、お墓も要らない。灰の処分に困ったらそのへんの山か川にでも捨ててくださいってところかな。そうも行かないというなら、何処か山奥に埋めて山桜の苗でも植えといてもらえれば上々。
 こういう言い方すると誤解されそうですが、次の世代に明け渡すのが死人の義務だと思うので、何時までも残ってしまうお墓なんてものは傲慢だと思うのですよ。いあ、飽くまで自分の墓ね。
2014.08.01 10:30 | URL | #eRuZ.D2c [edit]
says...
こんばんは。

こちらもコメがご無沙汰ですみません。

おっしゃる通りですね。
とはいえ、私の人生はとっ散らかっているので、少し片付けておかないと
心置きなく笑顔でなんてとてもとても(笑)

そうですね。赤鈴さんはまだとてもお若いのでしょうか。
私の周りは、最近、めでたい話よりもそういう話が多くなっていて、わずかずつ「ああ、家族と自分の順番も前に進んでいるなあ」と感じます。家族も自分も健康に長生きできればそれが一番ですけれどね。

コメントありがとうございました。
2014.08.01 19:32 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ああ、カツ丼食べたいですね。
卵でとじて。あ、その話じゃなかったか。

民族と文化によっては山に運んで鳥に食べてもらうなんて弔い方もあるようですが、日本だとそこら辺にというわけにはいかないのでしょうね。
でも、山桜が人知れず毎年咲く、なんて理想的だと思います。

スイスだと、お墓は墓地に端から順番に建てていって、いっぱいになると掘り起こして次の方に明け渡すんですよ。永久に残したい方、お金持ちや偉人などは、壁際に別枠で建てます。その他に始めから共同墓地でまとめてなんてのもありです。そのわりに「火葬なんて!」とビビる方がいらっしゃる。お葬式からも民俗がうかがえますよね。

私はどうしたいかなあ。墓守予備軍がいないので、海にでも撒いてもらえば、それが一番のような。

コメントありがとうございました。

2014.08.01 19:42 | URL | #9yMhI49k [edit]

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