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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(12)『カササギの尾』 -1-

さて、チャプター1最後の章です。マックスがついにルーヴランの王都ルーヴにつきました。もはや誰も氣にしていないと思いますが、「今ここマップ」で、マックスの矢印とラウラの矢印が同じ場所になりましたよ。ちなみにヴェルドンに新しくついた黄色い矢印はグランドロン国王レオポルド二世の現在位置です。(それがどうした、かもしれませんね)

この章でマックスが出会う青年マウロは、ラウラの侍女であるアニーの兄です。今回も長いので二回に分けます。


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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(12)『カササギの尾』 -1-


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図

 今日の午後にはルーヴにお着きになるでしょう、そう言われてマックスは大きく息をした。

 旅、それはいつも危険と隣り合わせだった。今回も何度か下手すれば命を落としかねない目に遭ってきた。街道の十字路では多くの人びとが捧げものをして旅の無事を祈るのに倣ってきた。十字路の精霊への捧げものとはいくつかの矛盾をはらんでいる風習だ。唯一の父なる神とその御子に無事を祈るなら十字路ではなくて聖堂で祈ればいい事だ。それに、たとえ捧げものをしても多くの旅人があいかわらず危険に晒されている。

 だが、十字路の精霊や森に棲む何かは、救世主がこの世に送られてくるずっと以前から贈り物を強要し、人びとはそれに丁寧に応えてきた。捧げものをしても、神に祈っても、危ない目には遭う。それすらもしなかったらどんな事になるやら。ギリシャ的演繹法を叩き込まれたマックスですら、十字路や聖堂では祈り、わずかな捧げものをする。人とはそういうものだ。彼は自嘲した。だからこそ、ひとつの旅が無事に終わる事を彼は喜ぶ。

 安全な街で、心地よい城で、運良く仕事をもらえれば、何ヶ月かに渡って贅沢で楽な日々が約束されるだろう。彼はしばらくそれを幸福に思うに違いない。けれど、だからといってどこかの土地に未来永劫留まりたいとは思わなかった。しばらくすると彼の心は再びあの《シルヴァ》、暗く危険な森へと誘われて行く。リュートの優雅な響きや饒舌な男たち、浅はかで贅沢な女たちとの退屈な時間に疲れてくるのだ。もっと遠くに行きたい。もっと他のものが見たいと。それを知りつつ、彼は次第に往来を増す道を急ぐ。馬は主人の逸る心を感じるのか小走りになる。

 やがて馬は開けた丘の上に飛び出した。彼は眼下に広がる壮麗な光景に思わず息を飲んだ。赤茶色の屋根瓦の家々の向こうに立派な城が堂々とそびえ立っていた。薄緑の花崗岩の壁、オレンジ色の屋根瓦にたなびく王家の旗。ルーヴラン王国の王都ルーヴだった。

 彼はすぐに王城を訪ねたりはしなかった。長旅で疲れ、持ち物と自分自身がみすぼらしくなっているのはわかっていた。仕事をもらう時に大切なのは、相手に足下を見られない事だ。仕事が欲しくて仕方のないように見られてはならないし、重要でない人物と判断されてもならなかった。というのは、彼がそうでなくても年若く軽く見られがちであったからだ。それに王城に住んでいる人たちというのは、経験や知識など人の内部にあるものよりも、衣装やどれだけ有名な人を知っているかなどの表面的な事に囚われている事が多い。今マックスに必要なのは、旅籠と公衆浴場で休み、それからルーヴランで流行しているしゃれた衣装を購入する事だった。

 大通りを進むと、ちょうど外壁と城との真ん中ぐらいのところに大きな広場があった。サン・マルティヌス広場である。ここを起点に旅籠探しを始めるのが効率的だろうと思った。彼はまず城を正面に見て右手の道を進んでみることにした。

 その道は袋小路になっていて、しかも狭く複雑な迷路のようだった。彼は歩きながらいぶかしげに小さな家の間を覗き込んでいたが、ついには馬の両脇についた荷物の幅が道幅ぎりぎりとなってしまい、もと来た道へと引き返すことに決めた。が、実のところその頃には自分がどこにいるのかまったくわかっていなかった。

「旅のお方。どちらへいらっしゃるのかね」
声に振り向くと、質素ながらもわりときちんとした服装をした青年が立っていた。

「初めてルーヴに来たんだ。心地が良くてあまり高くない旅籠を探しているんだが、どうやら間違ったところを探して迷ってしまったみたいだ」
率直にマックスが答えると青年はからからと笑った。
「ここでよかったですね。もう少し向こうにはぞっとしない光景の貧民窟があって、とんでもない病をもらうことだってありますからね。もっともここにも旅籠はありませんが」

 そういうと、すっと馬の手綱をとり、右側の道へと誘導した。その動きがとても自然で、馬もおとなしく従ったので、マックスはこの男が馬を扱いなれた、多分従僕のような仕事をしている人物なのだろうとあたりをつけた。

「市場からさほど遠くないところに、私どものいきつけている『カササギの尾』という旅籠がありましてね。面倒見のいい人好きのする女将と、無口だがうまいものを食わせてくれる主人は、旦那のお氣に召すと思いますよ。まずはそこに言って、ご自分の目で確かめられてはいかがですか」

 マックスは頷いた。長い旅の間に身につけた勘によって、彼は自分をだまそうとする人間の誘い方と、好意のある人間の誘い方をだいたい見分けられるようになっていた。その『カササギの尾』がいい旅籠かどうかも実際に自分で見てみればだいたいわかる。もし二三日逗留してよくないと思ったら、それから別に移ればいいことだ。そう思って、まずは青年についていくことにした。

「ありがとう。マックスと呼んでくれ。君は立派な家に勤めている従僕のように見えるけれど、僕の予想はあたっているかな」
そう訊くと青年はにっこりと笑った。
「その通りです。私はマウロと申しまして、お城の召使い、主に馬周りの仕事をしているんでさ」
「ほう。だったら、僕がうまく仕事をもらえたらまたお城で再会できるかもしれないね。ときに僕はどんな人間に見えるかい?」

 マウロはじっと彼を上から下まで見た。お城で仕事をもらうと言っていたけれど、自分のような召使いの仕事をするようには見えない。
「難しい問いですな。旦那は商人には見えないし、遍歴職人でもなさそうだ。かといって、王宮の騎士に加えていただこうとするお金持ちの貴族さまならこんなところにいないでしょうし」

 彼は笑った。
「実は、王女さまの教師を探しているという話を聞いて、やってきたんだ」
マウロはぎょっとした顔をした。
「旦那が? そんなにお若いのに王宮の教師の資格をお持ちなんですか?」
「ああ、実はそうなんだ」

「でも、だったら『カササギの尾』なんかじゃなくて、貴族さまのお泊まりになる『白鷲亭』にご案内しないと」
「いや、そういうところには行きたくないんだ。もし、仕事をいただいたらその手の連中とばかりつきあうことになるだろう? 僕はどちらかというともっと街の実際に生活を支えている人々の間で、この国のことを見聞きしたいんだ」

 マウロはマックスのことをじっと見た。
「変わった旦那だ。達者に話されていますが、ルーヴランのお方ではないのでしょう。どこからおいでなさった」
「僕はグランドロン人だ」
「というと、姫さまとご縁談の進んでいる王様をご存知なんで」

「まあ、接見はしたけれど、話をしたことがあるって訳じゃない。師の付き添いで祭儀の数合わせで行ったけれど、ずっと頭を下げていただけさ」
「率直なお人ですね。いくら自慢しても私にはわかりませんのに」
「僕は口先の嘘で世の中を渡ったりすることが嫌いなんだ。必要があれば、若干のはったりは使うけれどね」

 そんな話をしている間に、二人は迷路のような小路を抜けてサン・マルティヌス広場に出た。市場が立っていて騒がしかった。肉や魚の血の臭いがして、足下には野菜の切れ端や犬の糞が転がっていた。人々は喧噪に負けないように大きな声で怒鳴り合っていた。

 彼はマウロと馬について市場を横ぎり、別の小路へと入っていった。すぐに黒と白の尾の長い鳥の看板が目に入った。賑わっている料理屋からはスープのいい匂いがしていた。マウロは扉から顔を突っ込んだ。
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Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

マックス、ついにルーヴにたどり着きましたね。
旅の途中でのあれこれを思い出すと、十字路で祈りを捧げる人の気持ちもわかります。わずかな幸運を期待し、禍を避けることを期待したくなるんですよね。
やはり王都(首都)というのは、特別な町なんですね。丘から見下ろしたルーヴの描写や広場の市の様子が、都会に来たという感じがしてちょっとわくわくしました。まあ、例の貧民窟と隣り合わせの繁栄なんですけどね。
マックスの就活、楽しみですね。今でも就職の面接では、身なりの第一印象と学歴や経歴で判断されますからね。ザッカが面接したらそうでもないでしょうけど。
すんなり王宮に採用されるのか、またひと騒動あるのか、次回が楽しみです。
2014.08.06 10:39 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
安定して生活していける。
それでも安住はしない。
それが性分というものなのかもしれないですね。
人それぞれ生き方がありますからね。
2014.08.06 13:32 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

ようやく旅の終わりですよね。こっちにくるのはこんなにのんきな旅でしたが、反対方向はすっ飛ばす事になります(あっ、禁則事項でした)

今回の「中世事情」は「十字路でのお祈り」でした。こういうキリスト教なんだけれど、もっと前のが結局混じっているってのが好きなんですよ。人間くささを感じるんですよね。普段は無神論といっていても、時化のときは祈っちゃうみたいなこと、今でもありますよね。

最初の案では、第一章の終わりがこのルーヴの描写でした。そう考えると、1/3も書き足したんですね。ルーヴも、以前よりたくさんの物を含んでいるように思います。例の貧民窟も含めて。

で、就活はあまり苦労しない予定です。面接官はザッカなので。それにルーヴランにはつべこべ言っている時間がなくなったらしく。

そして来週は、TOM-Fさんお待ちの沐浴シーンです! って、小説が違うか。でも、マックスも沐浴。なんか沐浴小説ブログと化してきたかも(笑)

コメントありがとうございました。
2014.08.06 18:39 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよね。
フーテンの寅さんみたいな感じでしょうか。
すぐ飽きてきちゃうみたいですね。

私自身は、旅行は好きだけれど、安定も好き。

コメントありがとうございました。
2014.08.06 18:41 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
いやぁ、今更ですけど、サキはルーブの街角に佇んでいるようでした。
街の様子はまるでそこを歩いているようにリアルに頭に入ってきますし、市場は人々の活気を感じますが、肉や魚の血の臭い?サキはあまり近づきたくないかも、など感じたりします。
マウロの言動はまるで彼がそこに居るようです。
マックスの立てる作戦?元々が身分が高くはないこと、そして経験をたくさん積んだことから来る独特の考え方、もとても面白いです。素敵だなと思ってしまいます。
こういう思考の設定をきちんと出来るってすごいなぁ、とも思います。
『カササギの尾』からの展開お待ちしています。
2014.08.08 12:07 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

台風、大丈夫でしょうか。上手くそれてくれるといいですね。

もともと狩猟民族であったヨーロッパの人って、農耕民族の日本人からするとぎょっとするような感覚をもっているのですよ。家畜を屠るの、全然拒否感がないみたいなんですね。で、皮の剥がれたぎょっとするようなウサギ、血で作ったソーセージなんてものが普通に店頭に置かれているんです。中世に関する参考文献読んだりすると、さらにすごかったらしく、実はこの屠殺だけで一章書こうかと思ったんですが、あまりにグロテスクでやめました。で、この一行だけ残したというわけです。

マックス(とラウラ)は、この時代には珍しいいくつもの階級に身を置いたキャラですね。その分、物事をいろいろな角度から見られるようになると思うのですよ。ちょっとどこにも属さないコウモリみたいになってしまいますけれど。

来週は、このマックスの作戦の実践編。公衆浴場の話と衣装を誂える話です。それでチャプター1が終わり。ようやくヒロインと主人公が会うことになるんです。その割にあっさりな出会いになる予定。なんか盛り上がりに欠ける地味な話です。

本題までもうちょっと。どうぞおつき合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.08.08 19:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
マックス、いいですねえ。すごく堅実で地に足がついていて、安心感があります。
物騒な旅を経て、ようやく目的の街に来ましたが、ここからまた新たなドラマが始まるのですね。
ラウラとの出会いも楽しみです。
そして、沐浴が?……楽しみです(爆)
2014.08.09 07:40 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

普通の中世ファンタジーの主人公と違って、魔法は使えないし、美貌や剣術といったカッコ良さもない主人公で、ひょっとすると途中でぽっくり逝ってしまってもおかしくない存在なんですが、雑草のように生きています。

そして、ようやく本来の小説の冒頭部に辿りつきます。(チャプター1はもとのストーリーにはなかった部分なのです)

次回、沐浴小説ブログとしてのお約束シーン(なんだそりゃ)いかせていただきます。あ、でも、色氣ゼロですので期待なさいませんように(なんの?)

コメントありがとうございました。
2014.08.09 12:56 | URL | #9yMhI49k [edit]

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