scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(13)グランドロンからの教師

今回からチャプター2です。ようやく、交互に登場していた主人公とヒロインが出会って同時に話が進行していくようになります。

さて、普通は主人公とヒロインの出会いというのは、電撃的に恋に落ちないまでも、もう少し好印象なものだと思うのですが、なんだか、そんな感じはほとんどありませんね。


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(13)グランドロンからの教師


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図

 日の長さが明らかに夜よりも長くなってきた頃、王太女マリア=フェリシアには新しい教師が付けられる事になった。グランドロンの言葉、宮廷の作法ならびに歴史に詳しい教師を探していた所、グランドロンの王の教育を担当した当代一の賢者ディミトリオスの門下の者を迎える事が出来たのだった。

 七十五歳はとうに超えたと言われる賢者の弟子にしてはあまりにも若く見えたので、ザッカは驚いたが、少し話してみれば、何を訊いても的確な答えが帰ってくる。これほどの才を持つ者であれば、なるほど賢者が最後の弟子に選ぶのも納得がいくと思い直した。

「それで、ティオフィロス殿、そなた、歳はいくつになる」
ザッカは訊いた。
「先月、二十六となりました」
柔らかい栗色の髪と深い海のような瞳を持つ若者は、有名な《氷の宰相》の前にも臆する事がなかった。

「賢者殿にはどのくらいついたのだ」
「私が十になった時に、屋敷に引き取られ、二年前に国を出るまで教えを受けました」

 ザッカは多少驚いた。
「賢者殿は、そのように若い者の教育までするのか」
「私が最初で最後でございました。何かと手がかかりましたので、懲りたのでありましょう」

 賢者と十四年も寝食を共にしたとあっては、そこらの学生上がりとは違うはずだ、ザッカは黙って頷いた。

「そなたに期待される役目であるが……」
宰相は髭をしごきながら言った。職を得た事を知った青年は微笑みながらかしこまった。

「期間は三か月、可能な限り多くのグランドロンの知識を伝えていただきたい。学問だけではなく、作法や宮廷で踊られるダンスなど、姫があちらの宮廷でグランドロン人のごとく振る舞えるようにしていただきたい。生徒は二人だ。当然ながらグランドロン国王とのご縁組みが進んでいるマリア=フェリシア王太女殿下。そしてもう一人は姫の《学友》と呼ばれる女官だ」
「《学友》……。ああ、こちらの宮廷にはその習慣がございましたね」
マックスは頷いた。


 これは、対照的な。これが二人の生徒に対するマックスの最初の印象だった。この二年間、旅をしながら各国の貴族の家庭で教師を勤めてきた彼は、一目で王女が簡単な生徒でない事を見て取った。王女は噂に違わず美しかった。燃え盛る炎のような輝く赤毛に明るい緑の瞳がよく映えた。丸く白い顔にきりっとした小さめの鼻、赤く少し突き出た薄い唇が駄々っ子のようで魅惑的だった。男としてはその顔に魅力を感じても、教師としては手強さを感じた。太い眉や少し尖った顎は、生来の強情さを示している。その瞳の輝きは誰であっても見下し馬鹿にしてきた、王女ならではの傲慢さに満ちていた。

 一方、その後ろに控えるバギュ・グリ侯爵令嬢と紹介された娘の方は、とても令嬢には見えなかった。どこかの、具体的に言えば深く神秘に満ちた《シルヴァ》の森で、何十年も隠遁生活を送ってきた隠者か、戦争と飢饉に苦しむ辺境地からようやく戻ってきた兵士のような、悲しみをたたえた瞳が印象的だった。王女とさほど変わらぬ、質のいい衣装に身を包んでいるが、色目が全く違った。

 王太女のドレスは明るい朱の地色にクレマチスの文様が浮かび上がっている。金と緑をねじらせた縁飾りが広く露出したデコルテラインを強調していた。《学友》のドレスは熟成したワインの色だった。わずかに光沢のある綾織りで、細かい菩提樹の葉の柄だった。首の付け根近くまで覆われた丸衿で、肌の露出は最低限だった。しかも彼女は長袖を着ていた。冬の終わりの椎の葉の色をした髪はきっちりと後ろで結わえられ飾りは最小限だった。つまり、こちらの娘は全く華やかさに欠けていた。よく見れば、整った弓形の眉と焦げ茶色の意志の強そうな瞳、そして聡明そうな優しい額など、美しいと判断していい素材を持ち合わせていたが、礼儀正しすぎる程の佇まいが堅く、女性としての魅力はほとんど感じられなかった。

 二人はほぼ同じ歳だと聞いていたのだが、マックスには十年以上の歳の開きがあるように思えた。

「本日より、特にグランドロンに関する事をご講義いただくティオフィロス先生です」
宮廷奥総取締のベルモント夫人が紹介した時に、マリア=フェリシア姫はことさら馬鹿にしたような顔になった。
「馬鹿みたい。私と結婚したいならグランドロン王がルーヴランの言葉を憶えればいいじゃない」

 ベルモント夫人はコホンと咳をしたが、マックスは全く物怖じせずに答えた。
「我が師の言葉によればレオポルド二世陛下は私以上にルーヴランの言葉をお話しになれるそうですよ。ただ、宮廷の者のレベルはそれほど高くないんです。あちらで王太女殿下が命令をお下しになるおつもりならば、グランドロンの言葉を習われるのは、そう無駄にはならないと思いますね」

 部屋にいる姫以外の全ての者は、国の力の差を全く認識していない浅薄な王女がグランドロンでどれほど馬鹿にされるか薄ら寒く思ったが、それを全く感じ取っていない当人は、この教師の言葉に一理を見いだしていた。

 マックスは授業を始めるにあたって二人の生徒にグランドロン王国とレオポルド二世に対する印象を訊いた。
「国土は広いけれど、寒かったり辺境が多いんでしょう。殺風景なお城と、軍隊が強いけれど粗野な廷臣たち。違う?」
マリア=フェリシア姫は容赦がない。マックスは苦笑した。

「ルーヴのお城の華やかで装飾の美しいこと、それに比較するとヴェルドンの城は確かに装飾は少ないことかと思います。ただ殺風景というほどの簡素さでもないのでご安心くださいませ。廷臣の方々も、詩歌やリュートの腕前は存じませんが、殿下の前で醜態は見せないほどには礼儀作法を心得ているものかと思われます」

 それからラウラの方を見た。
「バギュ・グリ殿。あなたはどのような印象をお持ちですか」

 ラウラは困ったように答えた。
「厳格で、秩序を重んじ、曖昧さを許さないという印象がございます。先の国王陛下も、レオポルド二世陛下も、どちらかというと好戦的であられると伺っていました」

「なるほど。確かに現在のグランドロン王国では、体系だった軍事訓練に非常に力を入れ、さらに新しい技術の開発にも余念はございませんが、とくに他国に対して好戦的ということではないかと思われます。むしろ守りを強固なものとするために、以前よりも王国内で国王への求心力を高める努力をしているのでしょう。これは国王が多くの廷臣よりも年若いということもあるのでしょうね」

「でも、レオポルド様って、政治なんてそっちのけで、女遊びが尋常じゃないんでしょう?」
姫の質問にマックスはどきりとした。姫だけでなく控えている女官たち、そしてラウラも眉をひそめている。若いご婦人がたには許しがたいことなのであろう。マックスの目は宙を泳いだ。

 尋常でないかは別として、グランドロン現国王が何人もの下賎な娘たちを城に呼び騒いでいるという話は、一度ならず聞いたことがあった。それも、噂ではなく、国王の教育責任者をずっと務めているディミトリオスの口からだ。

 老師ディミトリオスは若き国王の女遊びに諸手を挙げての賛成ではなかったが、それでもやめさせようとは思っていなかった。

「何故ですか?」
まだ初な少年だったマックスには、それはとても軽はずみで馬鹿げた振舞いに思えた。もしかしたら国王は暗君であるのかと心配すらした。しかし、ディミトリオスは笑った。

「臣下が憂慮すべき事態というのは、そういうものではない。もし、王が宮廷女官の一人に懸想し、その女や親族に地位や領地を与えたりしだしたら、それこそ由々しき問題だ」

 レオポルドが呼ばせている女たちは彼の個人的な好みとは関係がなかった。ベフロアという女の仕切る高級娼館が恥ずかしくない程度の口を利ける女たちを適宜選んで派遣しているだけだった。同じ女がくりかえし来る事もなかった。

 マックスは旅に出てから女遊びを覚えた。仕事が終わった後には居酒屋に行き、女たちと楽しく恋の駆け引きをする。寝室に連れ込む事に成功し、しばらく短い恋の花を咲かせる。その土地を離れるまでの楽しいゲームだ。だから、国王が女と遊ぼうと特に悪い事だとは思わないようになった。彼は居酒屋には行けないから城に呼んでいるだけだ。

 だが、すべての人間がマックスと同じような寛容な意見を持っているわけではない事も彼は知っていた。女性、とくにこれからその男の妻になるやも知れぬ女にとっては、そのような噂は聞き捨てならぬであろう。彼にとってこの際重要なのは、自分の意見でこの話が破談になったりしない事であった。それはとりもなおさず彼自身の失業を意味するから。

「畏れながら、私はその噂の真偽については存じませぬ。少なくとも政を疎かにしてまでということはございますまい。それに、どのように女癖の悪い男であろうと、姫のようにお美しい貴婦人を一目見たが最後、二度とくだらぬ遊びはしなくなるものでございます」

 我ながらひどい戯言だ。マックスは心の中で思った。彼はその場にいたもう一人の娘の眉が、悲しげに歪んだ事には氣がつかなかった。
関連記事 (Category: 小説・貴婦人の十字架)
  0 trackback
Category : 小説・貴婦人の十字架
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

いまここマークが重なって、マックスとラウラがついに出会いましたね。
お互いにあまりぱっとしない印象だったようですが、まあまだいろんな意味で、仮面を被っているようなものですからね。
どういうきっかけで二人が接近していくのかが、楽しみになってきました。

マリア=フェリシア王太女は、見事な「お姫様」っぷりですね。こういうひとは、どんなところでも図太くやっていけるのかな。
最後にラウラが浮かべた表情も、気になりますね。

次話も、楽しみにしています。
2014.09.10 10:54 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

狙ったわけではないのですが、行くところがどこも中世のお城があって、一人で、勝手にこの小説の世界にハマりこんでいます。何やっているんだろう、私(^_^;)

ようやく二人は会いました。ラウラは、なんとなく、グランドロンに悪印象があり、マックスはラウラを女じゃない認定しています。

マリア=フェリシアは、この世界(続編も含めて)で登場する二人の王女の内で可哀想なくらい悪役です(^^)まあ、たまには、こんなキャラもいてもいいかな。

これ以降話は普通に進みます。また読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.09.10 14:33 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
確かにマックスは旅をしているから文化の違いなどありますから寛容になるでしょうけど。閉じこもっているとなかなかそこまで寛容にならないですからね。そこは仕方ないところですね。マックスの寛容さが光りますね。
2014.09.10 23:39 | URL | #- [edit]
says...


そうですね。見聞の広さの違い、人生経験の違い、それに男女の違いもあるのでしょうね。

この辺も、ストーリーの中で少しづつ変化していきます。また読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.09.11 09:28 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ザッカのマックスに対する評価はとても良いようですね。マックスはとても優秀ですから当然と言えば当然なんですが。受け答えもそつがなくてサキはとても羨ましいです。
一方、主人公2人が出会っているのになんとこの印象の悪さ。というか印象の薄さ。
でもこういう設定にすると、ここからの2人の心境の変化が大きくなってとてもたくさんの読みどころが出てきそうですね。ちょっと楽しみです。
マックスもラウラもまだまだ仮面の奥に隠れていますから。
そして、お姫さはいかにもお姫様然としていて、サキはかえって気に入ってしまいました。
とても聡明なラウラとの対比が効いていてとても気持ちが良いです。
ラウラの悲しげな表情はマックスの発言に対するものなのでしょうか。

夕さんNET難民になっていますね。
早くWi-Fiが欲しいですか?
でも、NETより旅行と休暇を充分に楽しんでくださいね。
2014.09.11 14:40 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

マックスの強みは失うものがほとんどないというところでしょうか。
仕事は欲しいけれど、ダメならまた旅でもしようとどこか思っているその余裕がいいんでしょうね。
ザッカは位は高くても世間知らずの連中に飽き飽きしているので、マックスと利害が一致したのでしょう。

姫は、表裏の全くないタイプです。分かり易い人ですね。ちょっと、悪役に徹してもらうので、あまり読者には好かれることはないと思いますが、今後ともよろしくお願いします(^_^;)

ラウラはマックスの発言を聞いて「またか」と思っています。
ちょっと理不尽だなと感じているようです。

まさにNET難民ですよね。明日から帰路なので、2、3日で通常の接続に戻ります。サキさんのところに行くのも楽しみです(^^)


コメントありがとうございました。
2014.09.11 16:00 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
バラバラだった主要人物たちが一か所に集結して、濃厚な展開になってきましたね。
いよいよ、本題にはいっていくのでしょうか。
ほんの少しの会話でしたがザッカにはマックスの有能さが、そしてマックスにはラウラの聡明さと強さが伝わったようで、なんだかいい感じです。
ラウラはすぐにマックスを認めて信頼する方向には行っていないようですが、きっとこれからですね。

明日から帰路なのですね。
どうぞ、気を付けて帰ってください^^
2014.09.12 10:43 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

ええ、今回が元々の第一話だったのですが、ようやくそこまでたどり着きました。

マックスの言葉には彼なりの処世術によるおべっかが含まれているのですが、ラウラはそれを真に受けているのですね。

スイス国境付近まで帰ってきました。明日は家に帰れそうです。洗濯の山が怖いです(^^)
それに、普通のキーボード入力が恋しいです。

コメントありがとうございました。
2014.09.12 19:09 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:https://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/893-b2e4363f