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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(15)森の詩

作品タイトルと章のタイトルがかぶってしまった……。以前「大道芸人たち」のキャラを使ってこの作品のアピールをした事がありますが、その時にご紹介した「森の詩」がはじめて登場しました。もともとは三部作だった「森の詩 Cantum Silvae」で、この歌だけは必ずでてくるという設定でした。グランドロン王国の祝祭歌なんですね。もちろん、私の創作です。ラテン語がかなり怪しい……。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(15)森の詩


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図

「どうして城に住まないわけ?」
マリア=フェリシアは少々いらだって訊いた。午後にお抱え商人が東の国からの絹の見本を持ってくるというので語学の時間を朝に変えたかったのに出来なかったからだ。

「城下町の事を親しく見聞きする事が出来ますのでね」
「そんなこと何の役に立つのよ」

 絹を見たい姫は、授業をさっさと切り上げさせてさっさと孔雀の間に行ってしまった。

 苦笑して羊皮紙をたたんでいるマックスの側に、そっとラウラが近づいてきた。
「先生は城下をくまなく歩かれていらっしゃるのですか」
おずおずと彼女は訊いた。

 教える事はいつでもすぐに覚え、知識も豊富なのに、いつも控えめでほとんど会話をしようとしないラウラが、敢えて質問をしにきた事をマックスは意外に思った。

「いいえ。まだ、くまなくというほどは。市場や職人街など活氣のある場所はほとんど行きましたが」
「あまり活氣のないところも……たとえば貧しい人たちのいるところは」

 マックスはラウラの顔をじっと見た。
「ええ。行きました。驚きましたね。あなたがあそこの事をご存知とは」

「いえ。よく知っているわけではないのです。でも……。どうなのでしょう。グランドロンでも貧しくてただ死を待つだけのような人々がたくさんいるのでしょうか」
ラウラは思い詰めたように訊いた。

 この娘は。マックスは、はじめて目立たない《学友》の、王女の影ではない、真の人間としての姿を感じた。今まで多くの貴族の令嬢を目にしてきた。義務やポーズとして貧しい者に幾ばくかの金を恵む事をたしなみとして実行した者はいたが、死を待つばかりの貧民たちの事で心を痛めているような娘は見た事がなかった。そもそも、彼女たちはそのような場に行くチャンスすらないのだ。

 けれど、この娘は、あそこを知っている。どういうきっかけで知る事になったのかわからないが、あの悲惨さに直面する勇氣もあるのだ。彼は思い悩む様子の彼女を力づけようと優しい目を向けた。

「バギュ・グリ殿。貧しい者たちはルーヴランだけでなく、グランドロンにもセンヴリにも、世界中のどこにでもいます。旱魃や疫病も繰り返しこの世のどこかを襲います。辛く悲しい事もなくなりはしません。けれど、各国の支配者たちは、少しずつですが彼らがただ惨めな死にだけ向かわないように努力を続けているのではないでしょうか。この国で、ザッカ殿が進められている治水事業のように。グランドロンでも、国王陛下は確かに貧しい人々の救済措置を進めています。ご安心ください」

「グランドロンの王様が?」
ラウラは意外だといわんばかりに目を見張った。マックスは笑った。やはり、この方には、我が王はよほどの悪者と思われているらしい。

* * *


 次の授業に、マックスは広間に移動し、楽人たちに同席するように頼んだ。ダンスのレッスンだった。

「これは『森の詩』と呼ばれるメロディでございます。グランドロンでは、新年、婚礼、それから夏至祭に、この曲に合わせて踊る習慣があります。王と王妃は公式の場で最初に踊ることになっていますので、なんとしてでも覚えていただく必要がございます」
マックスはリュートを抱えて、ゆっくりと歌いだした。

O, Musa magnam, concinite cantum silvae.
Ut Sibylla propheta, a hic vita expandam.
Rubrum phoenix fert lucem solis omnes supra.
Album unicornis tradere silentio ad terram.
Cum virgines data somnia in silvam,
pacatumque reget patriis virtutibus orbem.

おお、偉大なるミューズよ、森の詩を歌おう。
シヴィラの預言のごとく、ここに生命は広がる。
赤き不死鳥が陽の光を隅々まで届け、
白き一角獣は沈黙を大地に広げる。
乙女たちが森にて夢を紡ぐ時
平和が王国を支配する



 そのメロディをなぞりながら、楽人たちはゆっくりと演奏をはじめた。マックスはしばらく共に演奏していたが、満足のいく状態になると、自分は演奏するのをやめてリュートを脇に置き、ラウラの前に立った。伸ばした両手を繋ぎ、斜めに体をにじってお互いに対照的な方向にステップを踏み出す。反対にも踏んだ後、ゆっくりとお互いの周りを回る。

「そうです。その通り。次は反対に。私の腕の下を通って、はい、こちらへ」
彼の声が耳のすぐ側で聞こえる。繋がれた手に優しい暖かさを感じる。彼女の頬は紅潮した。

 彼は不思議そうにラウラを見た。何かを訴えかけるような瞳の輝きは、単なるダンスのレッスンにしては、大げさだった。彼女は、はっとしたようにうつむいた。それで、彼はようやく氣がついた。この娘は、男とダンスを踊った事などないのだろう。政治や歴史の話などをよどみなく語れても、恋愛に関してはまだ少女と変わらないのだ。こんなにうろたえている。

 この娘は、姫やこの場にいる若い侍女たちの多くよりも年上だが、恋愛に関してはもっと幼い少女のようなのではないかと思った。男に対して媚びたり、恋愛ゲームを楽しもうとしたりした事はないのではないだろうか。それは初でその手の駆け引きを知らないからというよりは、その隙のない様がずっと若い男たちを遠ざけてきたからだと思われた。

 ラウラに恋愛経験がなさそうなのは、彼女の特殊な事情が絡んでいるのだと理解していた。侯爵の実の娘ではない、《学友》となってからは、侯爵家にもよりつかないらしい孤独な娘との関係など、将来の邪魔にしかならないと誰もが思うのであろう。多少の野心のある宮廷の男たちなら、同じバギュ・グリ侯爵令嬢でもこの娘の妹である令嬢エリザベスに関心を示す。実際にエリザベスの方は、女官とは名ばかりで、毎日宮廷で男たちに囲まれて次々と恋の花を咲かせているとの噂を耳にしていた。

 ラウラが問題なく踊れるようになると、彼はその手を離して、マリア=フェリシア姫に向き直った。さてさて、こっちの方が問題だな。

「さて、姫君。ステップは覚えていただけたでしょうか」
「だいたいね」
そういうと姫はことさら華やかで美しい笑顔を、彼がはっとして、見入ってしまうような角度で花開かせた。楽人たちが、ずっと真剣に重厚に演奏を始めると、二人は広間の中央で踊りだした。

「そう。お上手です」
そういいながら、姫を見つめるマックスを、部屋の隅からラウラが憂いに満ちた目つきで追っていた。
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Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

ついに、メインタイトルのついたお話ですね。時代を越えて、詩が伝承されていくという設定は、なかなかロマンティックです。

ラウラの言動が、可愛らしいですね。賢い女性なのに恋愛に晩生とは……やはり、経験がものをいいますからね。彼女の環境では、たしかに普通の恋愛を楽しむことも難しそうですね。

マリア・フェリシア姫は、相変わらず楽しく生きていますが、ダンスとかは上手そうですね。どこでどういう態度をとればいいのか、そのあたりもよく弁えていて、それはそれで見事なものですね。

こと恋愛に関しては、マックスが相手ではラウラは圧倒的に不利なようですが……。
次話以降の、彼女なりの頑張りを楽しみにしています。
2014.10.08 16:41 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

今回は、このストーリーの「地味さ」が出ましたね。今のところ、ラウラにはマックスをぐっと惹き付けるようなポイントはあまりありません。とくに「女性として」のポイントはかなり低くて、「男慣れしてないんだな〜」で流されていますね。

マックスは、ええ、旅行中にいろいろと(もごもご……)経験しているので、「あ、こいつ、惚れかけている」くらいは簡単にわかります。もっとも、この方、基本「据え膳でも生徒は食わない」です。「公私混同はしない」みたいな立派な哲学ではなく、単に「いい所のお嬢を食うと後が面倒くさいし」の精神です。だもんで、かなり余裕かも。

マリア=フェリシア姫は、ダンスや買い物は大得意です。それに、恋の駆け引きも上手です。ま、誰かさんと違って「次々食っちゃう」というようなことは、まだなさっていないようですが。

ええ、次回は、ラウラがぐっと挽回します。お楽しみに!
(「次回に乞うご期待」詐欺みたいだなあ)
2014.10.08 19:26 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ラウラの聡明さは、ますますマックスに伝わりつつありますね。
少しマックスも気にかけてる様子だし。
そして初々しいダンスシーン。
でも、なんだかトキメキシーンにはまだまだ展開しないようですね。
(いや、そんな簡単に恋が芽生えては面白くないし)
2人の関係はどんな方向に行くのかな。

この『森の詩』は夕さんのオリジナル曲ですよね。
どんなメロディなんでしょう。音楽を愛する夕さんだから、きっと曲のイメージはちゃんとあるんでしょうね。聴いてみたいな。
2014.10.09 10:14 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

ラウラは若干自己否定が強すぎるので、マックスに話しかけるだけでも「いいのかな」なんですよね。
もっとアピールしないとダメでしょう、と作者は裏でハッパかけているんですが、なかなか……。

ダンスも、フォークダンス、日本でいうと盆踊りみたいものですから、なんて事ないものなんですが、ラウラは一人で盛り上がっているようです。そして、マックスに見透かされちゃっているし。でも、こういう「おや」から少しずつ近づいていくものですよね。

この曲のイメージは中世風のサラバンドみたいな曲です。あくまでイメージですけれど。
ということは、今の日本ではかなりの方が寝ちゃうかも……。
こういうのも自分で作曲できるといいんですけれどねぇ。
同じメロディを使って、壮大なオーケストラで、オープニング曲を作ったり……。
あ、暴走し過ぎました。

コメントありがとうございました。
2014.10.09 19:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
うむ。この後マックスはどうするのでしょうか。。。
マックスの言動が気になるところですが。
マックスは慣れているでしょうし、なんだかそういうところは期待してしまいますね。
マックスの器用なところを見たいですね。
2014.10.11 01:59 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

マックスは、仕事が終わったらいつもの通りまた旅に出てのんきに生きるつもりでしょうが、そうは問屋が卸さないのが物語(笑)

上の理由から、恋愛に関しても、本当は上流世界とは関わりたくないみたいですが、さて、どうなるでしょうか。

注目していただけて嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.10.11 19:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
さすがマックス、冷静に精密に分析しますね。
ラウラもタジタジですよ。
少しずつラウラを理解してきているようですが、マックスの方がずっと上手ですからね。分ってはいますが、どのように惹かれていくのか(ですよね?)ちょっと楽しみです。
ダンスのレッスンとかドキドキものですが、まだ“バギュ・グリ殿”ですもんね。
ザッカとの関わりを含めて興味津々です。

姫、自分がどういう表情、振る舞いをすれば注目を浴びるのか先天的に分っているみたいです。彼女の立場的にもある意味優れた人ですね。
こんな人とはお付き合いしたくないですけど、なんとなく惹かれてしまいます。

で、これがラテン語なんですか。
そして夕さんのオリジナル詩ですね。
参っちゃうなぁ。
2014.10.12 05:07 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

今回のように「あらあら、惚れられちゃったか」ぐらいの余裕がある頃は大丈夫なんですけれどね。
落っこちちゃう時には、もはや手遅れですので。
まあ、落っこちないで、「ほだされる」パターンもありますけれど。

ラウラもマリア=フェリシアも全く別の意味で、マックスのことを誤解しています。
前者はまったく見てもらっていないと思っているし、後者は「ちょろい」と。
でも、マックスに限らず人ってわりとよく見ているものなのですよね。
もっともラウラに関しては、マックスは全然知らないこともあって、あとで「し、知らなかった」となる予定です。

そうなんですよ、まだまだずっと「バギュ・グリ殿」「先生」の仲なんですよ。困ったものです。

姫は、ええ、まあ、この人はこれでいいのかもしれません。
今だとテレビに映ってバッシングされたりしますが、当時はお姫様なら何でもいいんです。
さらに、美人で、他人を上手く使えれば、もう言うことなしですよね。
まあ、この人には仕えたくないのは、同感です。

ラテン語、かなり適当です。
昔はこんなものを履修している人と知り合うことはほとんどなかったので、何やっても楽勝でしたが、今は、きっと呆れている方がいるに違いないと思います。でも、みなさん、お優しくて、つっこまないんですよね……。だから私がつけあがるのかも。困ったものだ……。
でも、これを入れないと、私の中では「森の詩」三部作にならないんですよ。変なこだわりです。

コメントありがとうございました。
2014.10.12 18:55 | URL | #9yMhI49k [edit]

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