scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

この丘に

まず連絡事項です。ミニブログPIYOというのがありまして、「今日のひとこと」みたいなのを書くのに使っているんです。そこに匿名の鍵コメでコメントがいっぱい来たんですが、なんか微妙な内容でした。真面目に書いているのか、嘲笑っているのか。たぶん後者。でも、そうだとしたらヒマですよね。別にこちらが凹むわけでもなく、それを書くことによって書いた方に得があるわけでもなく。で、あちらはIPの特定やブロックの方法などが今のところわからないんで、コメ欄を閉じてみました。というわけでPIYOへのコメもこちらのブログのコメ欄へどうぞ。

で、今日の本題は、私の第二の故郷の話。


丘の上の教会

私は日本生まれで日本育ちの日本人です。今のところ日本国籍で。スイス人の連れ合いと結婚するためにここに移住して13年以上経ちました。

結婚とは、家族ではない見知らぬ人間と一緒に暮らし、その人と家族になっていくことです。一般に「三年もてばなんとかなる」「七年もてば後は大丈夫」などと言いますが、まあ、そういうものだと思います。三年ぐらいで自分が相手とその環境を知り、七年ぐらいの間に歩み寄れる所は歩み寄り、諦められる所は「どうでもいい」という境地に達する。それがなんとかなればあとは何十年も添い遂げられるんだろうなと思えるようになりました。

で、そうなると、私はここにずっといるんだなと。それまでは何をするにしても「でも、いつまでいるかわからないからな」と考えていたんですよ。それが、私の余生はこのスイスの、具体的にいうとこの村で送るのだなと思うようになってきたわけです。

この写真は、私の住まいの裏手にある丘です。この小さな教会には墓地があって、村人はここに埋葬されるのです。で、自分で思うわけです。ここかと。ここに骨を埋めるのかと。

いま現在、持病があるわけでもなく、だからなんらかの悲壮感があるわけでもないのです。ただ、ここか、そんな風に思うわけです。

家族も友達も日本にいるので、たまには里帰りするんです。で、それからスイスに「戻ってくる」のです。いまの私には「帰国」というのは日本に行くことでもあるのですが、スイスに帰ることでもあるのです。その割合がかなり後者に移ってきている、そんな状態です。

考えるのは日本語だし、読むものも日本語が一番楽です。日本人としての誇りもあるし、それをなくしたいとは思っていません。でも、関東の人間が関西に嫁いで、だんだん関西に馴染んでいくように、スイスのこの地が私の第二の故郷になっているのだなあと思うのです。
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Comment

says...
PIYOは使い方がよくわかってないので入れてませんが、とんでもないやつがいますねえ。ご用心を。

結婚したら3ヶ月で愛想をつかされて女房に逃げられる自信があります。性格的に破綻してる男です。とほほ。
2014.10.14 08:32 | URL | #0MyT0dLg [edit]
says...
 こんばんは。
偶にいますねーー 何がしたいのか解らない愉快犯のような人物。
自分では落ち込んでない様に思っていても 後から鬱々になったりしますから 
そーゆー時は 気分転換を!!!!

ああっーーいいですね 新しい故郷ですね。
何よりも スイスはチョコレートが美味しい!!!! 魅力的な地ですよ。
2014.10.14 10:17 | URL | #- [edit]
says...
夕さん、PIYOをされてたんですね。
トップページには見当たらないので、このブログとは別のところかな?
不快な書き込みって、ありますよね。一体何が楽しいんだか。
だけど相手を不快にさせたぶん、きっとその人もどこかでしっぺ返しを食らうはずです。

スイスで生きる・・・かあ。私には想像もできないけど、その土地と夕さんが、しっくり行ってるということなのでしょうね。結婚生活も含めて。
日本で生活するよりも大変なことはいっぱいあると思うけど、夕さんが受け入れ、そして受け入れられているんだなあ。素敵な事です。
また時々、スイスの生活をちらりと見せてくださいね^^きれいな景色や・・・あ、カモも♪
2014.10.14 11:58 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
NETにも色んな人種がいますね。
気にしないでおくのは難しいかもしれませんが、気持ちを切替えてくださいね。

骨を埋めるって、意識したことは無いですね。
夕さん、故郷を遠く離れているから、でしょうか?
でもサキは夕さんみたいな生き方も素敵だな、なんて思います。
2014.10.14 14:43 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

Twitterがわりに使いはじめたのです。APIを使ってブログ上に本文だけを上手く表示したいのですが、まだ成功せず、しかたなく一時的にブログパーツを貼付けています、納得いかず。

妙なコメントしてきた人、そういうことをする割には、なんか臆病な感じで「だったらやるな!」と思いますが、まあ、あれ以来ないからいいでしょう。

ポールさんは、そうおっしゃってもきめ細やかな方ですから、結婚しても上手くいくと思いますよ。いや、むしろ、奥さんの好き放題に悩んでしまいそうです。私のイメージだと。

コメントありがとうございました。
2014.10.14 20:33 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

心配かけてごめんなさいね。
なんか、ウゾさんや他の方の所に来たような「極悪」な感じの人じゃなくて、中途半端に臆病な感じなんですよ。内容もギリギリ挑発しているみたいなんだけれど大した事ないし、匿名・鍵コメでしかも特定できる本ブログの方には書き込まないみたいだし、無視したらそのままだし。何がしたいのかわからなくて「???」だけれど、私はまったくダメージ受けていないので、ご安心ください。でも、氣持悪いので、コメ欄は閉じるというご報告でした。

スイス、「定住してもいいかな」と思える、相性の良さがあるんですよね。チョコ、うん、美味しいです。でも、明治や森永やグリコも好きなんです(笑)

コメントありがとうございました。
2014.10.14 20:42 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

いや、実は一番上の「お報せ」の隣の「今日のひと言」というのをクリックすると出てくるようにしてあるのです。ほとんどの方が存在に氣づかれていないみたいですが、ほぼ毎日Twitterがわりにつぶやいています。

本当に、生産性のないことをする方がいらっしゃるんですよね。しかも、続けて五回。別にものすごく不快なことが書いてあったわけでもないんですが、ネットスラングが多用してあって意味不明な上、私のブログやPIYOのどこに反応しているのかもわからないし、何がしたいのかわかりませんでした(笑)たぶん即答しなかったので苛ついたのかもしれません。でも、私、時差があって寝ていたし、いただいて30分以内にコメ返なんてするつもりないし。反応がなくってつまらなかったから、きっともう二度と来ないでしょうね。そう願いたい。

スイス生活、なんというのか、性にあったのでしょうね。
ごく普通の日本の方が「これがないと生きていけない」ものが 、私にはあまり必要じゃなかったらしいということはよく感じます。実はホームシックになったこと、一度もないのです。
電話代が安くなったり、ネットが発達して、日本と離れている氣がしないということも一因ですけれど。

でも、そうですね。スイスの方も、私を受け入れてくれていますよね。居心地いいです。

あ、カモは「もういい」と思われていると思っていましたが、嫌じゃなければ、またこれからも時々。きれいな風景写真も撮れたらアップしますね。

コメントありがとうございました。
2014.10.14 20:54 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

本当にいろいろな方がいますね。
だだ、あちらにとって氣の毒なことに、私はあの程度のことで凹むほど繊細ではなくって(笑)
それに、今、ようやくTOM-Fさんのリクエストが書き上がった所、ウゾさんへのお返しもつっかえているし、それどころじゃないんですよ(なんだそりゃ)

ところで「骨を埋める」ですが、サキさんのようにお若い方は、いくらなんでもまだ考えないことだと思います。このくらいの歳になると、親と「お墓が」なんて話題もするんですよ。ああいうのって、病院に入ったりしてからでは縁起でもなくてできないので、お互いに元氣で、親戚に何かがあったときなんかに、「話しておかねば」ってなるんですよね。そういう関係で「「墓かあ」と考えるようになってくるのです。

それに、もう今から日本に帰っても、この歳では仕事が見つかりませんからね。やれやれ。

故郷が今のところ二つに分かれているのですが、そのうちに一つになっちゃうんでしょうかね。私にもわかりません(笑)

コメントありがとうございました。
2014.10.14 21:01 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
深いですね。
故郷を思うということがどちらになるのか。
結局、言葉にすると3年や7年ということになるんでしょうが。
それにしても、その3年も7年も重みがありますからね。
そういうことを語ることがとても深くていいですね。
2014.10.14 23:24 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

私にはいわゆる「田舎」というものが全くなくて、お盆屋お正月も含めてずっと東京にしかいなかったのですよ。
それが突然人口千人ちょいの片田舎に引越したので、あまりの違いに比較してホームシックになるようなこともなく、いつの間にか馴染んでしまいました。
苗字もそうですが、変わったものに、少しずつ馴染んでいくんですよね。
そうやって、故郷も変わっていくものなのかもしれませんね。

コメントありがとうございました。
2014.10.15 19:48 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
頭の中ではとっても反応していた記事なのに、コメントを書き損なっていました。
そうそう、そうなんですよ。この歳になると、考えますよね。
うちは実家のあった場所がすっかり開発に飲みこまれ、このたび田畑を処分することになったので、ますますふるさと感がなくなってきました。
もちろん、親もまだそこにいるので、そこが故郷とは思えるけれど……
ある歳から、今の仕事を続けて行くのに、もう少し地方に移ろうかなぁと思うようになりました。現実味はまだないのですけれど、数年のうちに考えるようになるかもしれないなぁと。
どこで残りの人生を生きるか、その場所に自分の生涯を捧げるか、あるいは自分を受け入れてもらうか、ちょっと考える時期になりましたね。
全く離れた場所に行くのは、埼玉に住んだときに「親が生きている間は無理」と思いました。
でも親がいなくなったらどうかなぁ。あれこれ考える秋の日です。
2014.10.19 01:39 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

あ、わざわざありがとうございます。
そうそう、ふるさとって、単なる住所じゃないんですよね。
光景と、人と、思い出と、いろいろなものが絡んでいる。
私もまだ母と姉とがいるので、かろうじて「ふるさと」というと東京を思い浮かべるんですが
街としての東京は、もうほとんど知らない場所に変貌していて、かなりなじみが薄くなっています。

彩洋さんのお仕事は、あまり住む場所を選ばないんでしょうか。
私は日本に帰るなら、できればもう東京はやめたいと思っていたのです。
で、その「日本に帰るなら」すら薄くなってきて。

若いころは、「自分が何をできるのか」の方に意識がいっていますが「どこで死ぬのか」なんてことは考えませんよね。

これまた本当に死にそうな時にはそれどころじゃないんだろうなとは思います。いまだからこそ思うんでしょうね。

親のことは、ええ、私も氣になります。特に離れていると、一緒に居るときよりもずっとひっかかりますよね。

コメントありがとうございました。
2014.10.19 21:31 | URL | #9yMhI49k [edit]

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