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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(20)申し込み

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の続きです。最初にでてくるのは、旅籠『カササギの尾』でマックスとお友だち状態であるジャックと、その恋人で姫の侍女であるエレイン。地下で逢い引き中です。

二人の会話から、二王国の縁談がまとまってしまったことがわかります。主人公二人にはこの縁談は他人事ですので、反応ものんきかもしれません。
(しばらくリードが間違っていました。「?」と思われた方、お詫びいたします)


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(20)申し込み


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図

「し~っ。静かに。本当は、まだ私、姫さまの御用で街にいる事になっているんだもの」
「わかっているよ、エレイン。でも、この前に逢ったのは十日も前だぜ。お前、俺に逢いたくなかったかい」
「そりゃ、もちろん、ジャック……」
「じゃあ、どうして、昨日の手紙に返事をくれなかったんだよ。俺、マウロが手紙を持ってきてくれなくて、ものすごくガッカリしたんだぜ。アニーと喧嘩でもしたのか?」

 暗い部屋にはほんの少しの明かりが小さな窓から入ってきていた。城の最下層は半地下になっていて、倉庫や武具、それに飼料などが納められていた。ここには用事のある召使いたちや下級兵たちしかやってこない。ジャックとエレインが勤務中に逢い引きをすることはもちろん認められていなかったので、仲間の誰にも見られないように周りを氣にせねばならなかった。二人はお互いの親友であるマウロとアニー兄妹の協力を得てわずかな逢瀬をもっていた。

「違うの。マウロにあなたが預けてくれたあの手紙ね。アニーは昨日からなんとか私に渡そうとしてくれたんだけれど、それどころじゃなくて」
「何があったんだい」
「驚かないでね。グランドロンの王様から正式に姫さまに結婚の申し込みがあったのよ」

「なんだ、そのことなら、こっちでも聞いていたよ」
「あら、だったらわかるでしょう。私たちがどんなに慌てたか。どうして宰相さまは早くお断りしなかったのかしら」
「何の問題があるんだい? このご縁談は前から進んでいたじゃないか。そのつもりでティオフィロス先生に来てもらったんじゃないか。この間グランドロンの王様が来た時も、姫さまと上手くいきそうだったらしいし」

 エレインはそっとジャックの耳に口を寄せた。
「あれは姫さまじゃなかったのよ。あの姫さまに王様を満足させるような応対がおできになるわけないでしょう?」

 ジャックはびっくりして暗闇の中でよく見えもしない可愛い恋人の表情を読もうとした。
「じゃ、グランドロンの王様と踊っていたのは……」
「ラウラさまだったの。お断りするからバレないって話だったのに……」

「なんでそんな事をしたんだ?」
「姫さまに会ったら、断られるに決まっているじゃない。会って断られたなんて、姫さまの名誉に傷つくわ。だから、まずはそこそこ氣にいってもらえるようにして、こちらから内々に断るってはずだったのよ! でも、正式に申し込まれてしまってから断ったら今度はあちらの名誉に関わってくるじゃない。それで、いったいどういう事なんだって、昨日は大騒ぎだったの。だから、アニーと私の二人きりになる機会が全然なかったの」

「おかしいな、ザッカさまも国王陛下も、そんなに慌てているようには見えなかったんだが」
「そうなの? どうするおつもりなのかしら」

 それから数日経って、マリア=フェリシア姫がこの婚儀に正式に合意した事が発表された。王太女である姫がグランドロン王との婚姻を結ぶ事は、すなわち二つの王国が次の代には一人の国王によって治められる事を意味していたので、大きな驚きが内外に広がった。既に長い事水面下で調整されていたため直ちに婚儀の日程が決定され、わずか一ヶ月後に姫はグランドロンへと向かい、到着後一週間待ってから婚姻の儀が執り行われる事となった。父親である国王エクトール二世は姫に堂々たる様子で祝福を伝え、姫は艶やかに笑ってそれを受けた。

 事情を知っているわずかな人間は、この楽観が全く理解できず、一体どうなる事かと眉をひそめた。

「だって、そうでしょう。ラウラ、あなたはレオポルド陛下とかなりたくさんお話をしたように見えたのだけれど……」
宮廷奥総取締のベルモント夫人は不安そうに言った。
「はい。とにかく断られる口実を作らないようにと言われましたので、グランドロン語で……」
「それでは、向こうについた一日目には、もうわかってしまうと思うのだけれど」
ラウラは否定しなかった。

 国王も姫もそれで構わないと思っているように見えた。あの時、断るからと言ったはずのザッカまでもがその事にはまったく憂慮しているようには見えなかった。

 ラウラはレオポルド二世の事を考えた。あの時、同じ志を持つ友だと言ってくれた彼は姫と結婚してどう思うのだろう。こんなはずではなかったと思うのだろうか。それとも、ルーヴランが手に入ればそれでいいと思うのだろうか。

 ラウラの心の半分はその憂慮を離れて突然降って湧いた一ヶ月後の自由に喜び踊っていた。一ヶ月後にマックス・ティオフィロスが新天地を求めて旅立つのと時を同じくして、彼女は自由になれる。もう二度と姫の代りに打据えられる事もなくなる。どこへ行き何をするのか、全て自分で決定できるようになる。

 ラウラはバギュ・グリ侯爵に自由を願い出るつもりだった。養女とは言え、一度たりとも父親らしく家に迎えてくれた事もなければ、実の娘のエリザベスに届けていたような贈り物も受け取った事がない。それどころか優しい言葉を聞いた事もなかった。鞭で打たれるためだけに存在した娘なら、役割が終わった時に再び肉屋の孤児に戻してくれるように頼んでも構わないだろうと思った。

 ここを出て行きたい。それだけがかつてのラウラの願いだった。姫のいない所であればどこでもよかった。どこかの宮廷や高位の者の家庭にて、穏やかに暮らせればそれでいいと思っていた。けれど、今はもう一つの願いを持っている。マックスに再び逢える街に行きたい。街で出会い、再び話をする事のできる場所に行きたい。たとえ想いは届かなくても、ただその姿を見る事の出来る所に行きたい。

 旅籠『カササギの尾』でマウロやジャックと一緒に楽しく寛ぐマックスの話を、マウロの妹である侍女のアニーから聞いて、ラウラはそこに自分が行くことを夢想していた。そこは、もともとラウラの属していた世界だ。だから、彼女はそこに戻りたいと願っていた。どこかの宮廷で紳士や貴婦人に堅苦しい作法や文学を教えるマックスが、帰って来てリラックスできる場所。彼女が行きたいと願っていたのはそんな場所、この世のあらゆる場所にあるもう一つの『カササギの尾』だった。

 だが、そのためにはどうしてもバギュ・グリ侯爵令嬢の名前を取り除いてもらわねばならなかった。ラウラは王女の輿入れが終わるまで、一切の汚点を残さず、王家や侯爵の機嫌を損ねぬよう慎重に行動するつもりだった。

 マックスにとっては、この話が決まったことはさほど驚くようなことではなかった。そもそも、婚姻の話があったからこその仕事だった。それに、彼はラウラと国王レオポルドが会話をしたのは、公式の場だけだと思っていて、あの夜に二人がバルコニーで出逢い語り合ったことを知らなかった。だから、あの時広間にいたのが姫ではなかったことは隠し通せるかもしれないと思っていた。だが、もちろん、レオポルド二世に対する同情の氣持はあった。あの王女を妻にするなんて、ぞっとする。

 だが、いずれにしてもこの話は彼にとっては人ごとだった。彼の頭を占めていたのは、次の行き先だった。マリア=フェリシア姫に対する教育の成果は、彼の基準ではまったくもって情けないものだったが、ルーヴラン国王エクトール二世も宰相ザッカも彼に対して不満を漏らすことはなかった。それどころかグランドロンからの正式な申し込みがあった途端、ザッカはマックスを呼び出して契約よりもかなり多い報酬と、彼が待ち望んでいた証書を手渡してくれたのである。

「まだ、一ヶ月ございますが」
「もちろん、婚儀の行列がこのルーヴランを去る前の日まで、引き続き殿下の教育はお願いしたい。だが、国王陛下はこの婚儀が無事に決まったことをお喜びなのだ。なんといっても、わずか二ヶ月で全くグランドロン語を話せなかった状態からレオポルド二世陛下と会話が成立するほどにしていただいたのだから」

 マックスは「それはバギュ・グリ殿の功績でしょう」と言いたかったが、この際、黙っておくことにした。下手にラウラの功績をたたえれば、彼らはラウラを引き立てようとするかもしれない。だが、あの娘はこの城から出て行きたいのだ。

「時に、ティオフィロス殿。不躾で申し訳ないが、次の仕事はもうお決まりか」
ザッカは慎重に口を切った。マックスは証書をたたんでしまいながら、宰相の顔を見た。
「いいえ、まだ。ゆっくりと次の勤め先を探しつつ、グランドロンの方へ戻ろうかと考えておりましたが。何か?」

 ザッカは顎髭をしごきながら言った。
「うむ。実はだな、たまたまヴォワーズ大司教から優秀な教師を知らないかと問い合わせがあったので、貴殿のことを報せようかと思ったのだ」
「そうですか。センヴリのマンツォーニ公爵のご子息をお教えした時に、ヴォワーズ大司教と大修道院の噂を耳にしました。有名な蔵書の数々を拝見したいとかねがね願っておりましたので、お近づきになれれば幸いです」

 ザッカは満足そうに頷いた。
「では、一ヶ月後に、大司教様あての推薦状をお渡しすることにしよう。よければ、そのままセンヴリへと向かっていただけるとありがたい」
「ありがとうございます。では、そういたしましょう」
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Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

うわ~、すごい展開になりましたね。
これって詐欺以外のなにものにも思えないんですけど、どうなんでしょ(笑)
しかも、事情を知っているマックスをグランドロンに帰さずセンヴリに送ろうとしているあたり、なにやらキナ臭いですね~。ザッカさん、なにか企んでません?
ラウラも降って湧いた幸運に有頂天ですが、このまますんなりと思い通りには行かないんだろうなと、じつに楽しみ、いえ心配です(笑)
次話も楽しみにお待ちしています。
2014.12.03 11:05 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
ふうむ。複雑な事情になりましたね。
昔はそういうのが普通にあったのかな。
ファンタジーのなかのリアルを見たような感じですね。
2014.12.03 14:10 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

えへへ。レオポルド、騙されたまんまです(笑)
昔は、ほら、写真なんかもなかったし、お抱え絵師がおべっかで描いた絵姿だけで想像していたら「ええっ」なんてこともあったでしょうね。でも、わざわざ、フットワークも軽く逢いにきたのに……

そして、TOM-Fさん、氣づかれましたね。
ザッカはマックスがグランドロンの方に行かないように、誘導しています。
マックスは「変だな」とあまり思っていませんが、思っていても「僕、関係ないし」なちょい無責任人なので。特に王様とマリア=フェリシア姫がどうなろうと知ったことないかと……。

ラウラですか? いやだなあ、すんなり行くわけないじゃ……(以下自粛)
次回にはどうなるかはっきりします。でも、実は「Infante 323 黄金の枷」が挟まっちゃうんですね、これが。少々お待ちください。

コメントありがとうございました。
2014.12.03 20:28 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

あはは。今はどの王室もテレビに映っていますから「バレないでしょう」はないですが、昔も、そんなにはなかったと(笑)
この話、高校生の私が作った話を原作にして書いていますので、ストーリー的には若干「おいおい」です。ファンタジーとしてお楽しみくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.12.03 20:30 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
本当に大変な事になりましたよね。
どんどん盛り上がってきて楽しいです。
確かにグランドロン国王にしたら、そりゃあ嫁に欲しくなるに決まってます。
だけどこれは、やっぱりある意味詐欺ですもんね。(方向は違ったけど)
ばれたら大変。
その割にはザッカ、落ち着いてるけど。何か策があるんでしょうか。
ラウラはすんなり解放してもらえるのかなあ・・・。
2014.12.04 13:09 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

レオポルドは「やっぱ、断るのや〜めた」といってお国許のみなさんをぎょっとさせたようです。
「えっ、あの芳しくない噂の、あのお姫さんと?」みたいな。

実はザッカ的には、全部想定済みだったりします。
むしろ個人的には「よっしゃ!」だったのでは。
そしてラウラの件も含めて、詳しくは次回……。
(見所のないドラマの宣伝みたいだ……)

コメントありがとうございました。
2014.12.04 18:21 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
展開の早さに混乱気味です。
レオポルド二世としては姫がラウラでなかったとしても、それはそれで冷徹にルーブランを手に入れることに専念すると思います。マリア=フェリシア姫にはどんな運命が待っているか分りませんが……。いや、案外わがまま放題の生活を送っているかも……何て考えたりしています。
レオポルド二世はラウラを妃として迎えられなかったことは残念には思うでしょうけど、このまま放っておけばルーブランが手に入るのに、あえてごねるかなぁ。
でも本当にザッカとルーブラン王、婚姻を正式に受け入れてどうするつもりなんでしょう。
ザッカだったらラウラをそのまま嫁がせてしまうなんていう荒技を使いそうです。ザッカはラウラをかっていますし、ルーブラン国民の平和だけを考えれば、これが最良の方法なんじゃないかなんて思ったりします。でもルーブラン王やその取り巻きが許すはずがないし。何か秘策があるんでしょうか?
ラウラの1ヶ月後の自由は本当に手に入るのでしょうか?
マックスはレオポルド二世とラウラの2度目の出会いを知りません。このことが後の展開にどのような影響を与えるのでしょう?マックス、呑気に構えすぎじゃない?
なぜザッカはマックスをセンブリへやろうとしているのでしょう?
面白いです。大きく動き出した物語、夕さんがこの後どういうふうに展開させるのか楽しみになってきました。
2014.12.07 11:41 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんにちは。

あはは、いや、その、このまま何も展開しないと退屈なだけの話になってしまいます。
レオポルドですか? まあ、ルーヴランが手に入ればいいかもしれませんが、問題のお姫様を甘やかしてはくれませんね。かなり「顔はどうでもいいのだ」タイプだし。

ただ、騙されたことに氣づいたら黙ってはいないでしょう。国際問題ですよ、当時でも。この二つの国は代々犬猿の仲ですし。ケチを付けるネタがあれば容赦はしないはずです。

ザッカと国王、その側近たちが何を企んでいるのかは、次回はっきりします。
そして、マックスは事態を完全に楽観し過ぎています。ザッカにとっては、マックスに氣づかれないことがとても大切なのです。今、手を打たれたりするとヤバいのです。それが後でわかったとしても、それはもう後の祭りなのでどうでもいいのですが、とにかく今と輿入れの直後だけはどっかに行っていてもらいたいわけです。

ここからあとの部分が、高校生の頃に考えていたストーリーの骨格になります。それを装飾するために、ここまでの長い話を肉付けしてきたという流れになります。さて、どうなることか、マックスとラウラを応援していただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.12.07 13:35 | URL | #9yMhI49k [edit]

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