scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説・定型詩】蒼い騎士のラメント

scriviamo!


「scriviamo! 2015」の第二弾です。Sha-Laさんは、以前に書かれた詩に物語を付けた作品で参加してくださいました。

Sha-Laさんの詩と小説『単発! 吟遊詩人アルス (1話完結)』

Sha-Laさんはファンタジーを中心に現代物、架空世界物などを書かれるブロガーさんです。

今回参加してくださった作品は、もともとどなたかにリクエストなさったイラストと組み合わせてあって、吟遊詩人と王妃さまに関する小さなお話でした。

お返しのご希望が「定型詩+それに合わせた物語」ということでしたので、どうしようかなとしばらく考えました。で、結局、吟遊詩人という存在だけそのまま使わせていただき、いま連載中の「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の舞台の中に組み込む事にしました。というわけで、舞台は中世ヨーロッパ風異世界です。出てくるキャラは読んでくださっている方にはおなじみの傍観主人公で、今回も例に漏れずオブザーバー。Sha-Laさんご自身はこの作品はお読みになっていらっしゃらないと思いますが、特に読む必要もないと思います。


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あらすじと登場人物


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蒼い騎士のラメント
——Special thanks to Sha-La san


 ああ、降り出した。マックスは白い息を吐きながら空を見上げた。重く暗い灰色の空から、白い雪の欠片がひらりはらりと降りてくる。幸い森には切れ目が見えて、間もなく聞いていた街へと辿りつくようだ。早く暖炉の火で暖まりたい。

 急に羽ばたきがして、彼のすぐ側の大きな樅から鳥が飛び立った。鷹がこんな所に? マックスはその樅の奥に目を凝らした。すると、そこに大きな灰色の塔があるのがわかった。道を見失わないようにそっと歩み寄ると、その塔には苔やツタが絡み、上部は崩れ落ちて天井がなくなっており、長い間忘れ去られていたものだということがわかった。

 また、その位置からは森の出口までにあまりに距離があって、高い針葉樹に阻まれてとても物見の塔の役割は果たせなかったであろうと思われた。では、何のために。彼は不審に思ってその塔の周りを一周したが、何も見つけられなかった。興味を失って街へと向かう道へと戻ろうとした時に、先ほどの鷹が再び塔に戻り、上部の四角い窓から塔の中へと入って行った。鷹にとってはちょうどいい住まいなのかもしれぬ。彼は納得してその場を去った。

 雪で白くなりかけている下草を踏み分けながら、森の出口にさしかかった。既に白く埋まった野原の向こうに見えてきた街は、そこそこの大きさで旅籠も少なくとも数軒はありそうだった。行商たちの声、鍛冶屋の鉄を叩く音、雪がひどくなる前に家路を急ぐ人びと、マックスはスープの香りを頼りに旅籠を探した。

 《銅の秤》という旅籠を覗くと、中は料理と酒を待つ人びとで一杯だった。それでマックスはおいしい料理を期待して中に入って行った。
「今夜、泊めてもらえないか」
そう訊くと頑固そうな親爺が早口で宿賃を口にした。
「朝食は込みだが、夕食は別だ。ここ以外で夕食を食べる客は滅多にいないが」
マックスは「夕食も頼む」と言って、少ない荷物を椅子の上に置いた。

 その席の前には彼よりもほんの少しだけ年上に見える銀髪の男が座っていて、マックスの座る場所を作るために彼の荷物をどけた。すると竪琴が目につき、彼が吟遊詩人である事がわかった。それに氣がついたのはマックスだけではなかったらしく、少し酔いの入った髭の男が大声を出した。
「吟遊詩人がいるぞ! 景氣のいい歌を歌ってもらおう」

 竪琴を布で覆って、詩人は答えた。
「申し訳ないが、私は悲しい唄しか歌えないんだ」

 酔った男たちは「そんな吟遊詩人があるか」と一様に不満の声を上げたが、詩人が頑に歌うのを拒んだので、やがて白けて酒と猥雑な冗談へと戻っていった。

 詩人は傷ついた瞳を落とし、冷たくなったスープにとりかかった。

 マックスは、この詩人に興味をおぼえた。
「どうして楽しい唄は歌わないんだ? 何か事情があるのかい?」
そう訊くと詩人は、目を上げた。それからとても短くひと言で答えた。
「罰」
「罰? 誰からの? どんな罪に対しての?」

 詩人は答えずにスープを食べ終えた。旅籠の主人がマックスの温かいスープと一緒に詩人に煮込み肉を持ってきた。それでマックスはスープに取りかかり、口をきこうとしない詩人の事を忘れる事にした。詩人は時おり考え込むようにしてひどく時間をかけて食べていたので、果物の甘煮は二人同時に出る事になった。

 低い声で詩人は言った。
「旅人よ、悲しい唄は聴きたくないかい」
「いや、君が嫌でないならば、僕はぜひ聴いてみたい」

 他の男たちは安い酒を飲みすぎて、疲れて眠りはじめている。うるさかった食堂は竪琴の音が聴こえるほどには静かになっていた。詩人は酒を飲み干すと、竪琴を取り出して弾き語り始めた。

かのひとは深夜に白金きん の髪を梳き
空眺めため息をつく籠の鳥
その塔は乙女を護る灰の檻
蒼ざめた肌を照らす暗き月

騎士の琴 甘き調べに心浮き
白き絹裂けてからだ 踊りし深き森
哭き鳥が夜を切り裂き叫ぶ時
亡骸をつれなく覆う夜の雪

義なき騎士 罪は永劫赦されまい
こと切れし女主人あるじを運ぶ黒い馬
都へと報せを運ぶは白き鷹

そのひと紅唇くち は二度と開かない
消ゆるは蒼く冷たき水の砂
氷華こおりばな 哀しく咲くは冬の墓



 続けて詩人はいくつもの哀切のラメントを歌いだした。どの唄にも蒼い甲冑を身に着けた騎士が、国王の隠し子である姫に甘い言葉を囁き、そのせいで彼女が塔から身を躍らせて亡くなってしまった悲劇を歌っていた。塔から降りるために使おうとした白い絹が裂ける絶望的な音、誠実ではない騎士に対する姫の嘆き。雪の上に沁みていった姫の赤い血潮。

「それはもしかして、あの森にある塔で起った事なのか?」
マックスは好奇心に耐えかねて、詩人の唄を遮った。

 竪琴の弦が切れて、びいいいいいんと谺した。人びとは語るのをやめて押し黙り、重い静寂が部屋を覆った。だが、それも一瞬の事で、やがて他の客たちはマックスと詩人を忘れて酒と雑談に戻っていった。

 マックスは、動かなくなった詩人を見つめて押し黙っていた。彼らの周りだけには、あの森の冷たく凍える灰色の塔と、雪の重さにしなった針葉樹が存在したままだった。

 詩人の閉じられた目から、赫い涙が流れた。詩人を覆っていた白いケープが解け、その下からかなり昔のものと思われる蒼鈍色の騎士の甲冑が見えた。

「罰というのは……」
マックスの問いかけに答えず、蒼い騎士でもある詩人は竪琴を使わずに悲しい唄を繰り返した。歌われた白い雪が、森の灰色の塔に降り積もる。音もせず訪れる者もいない忘れ去られた墓標を静かに覆い尽くしていく。

 女が待ち続けた永劫を、罰を受けた騎士が歩み続ける。この地に縛られ、誰も耳を傾けぬ悲しい唄を彼は一人歌い続ける。

 その街を離れる時に、マックスは後方の塔を抱く森を見た。それは白い雪に覆われて、忌まわしい因縁すらも、幻の彼方へと消してしまっていた。

(初出:2015年1月 書き下ろし)

追記


今回、劇中歌として作った詩は例によって日本語ソネット(a-b-b-a, a-b-b-a, c-d-e, c-d-e)です。ドイツ語ソネットにしようかとも考えたのですが、ここは話の流れを重視して日本語で行くことにしました。ソネット(十四行定型詩)とはなんぞやという方はこの辺りを読んでください。

ここから先は、作品のイメージとなった世界観についてです。ラメント(Lamento)とは、嘆き、遺憾、哀悼を表した詩や歌、楽曲。日本語では哀歌(あいか)、悲歌(ひか)、挽歌(ばんか)などと訳されます。

で、モンテヴェルディ作の「ニンフのラメント」という作品がありまして、悲しみを切々と訴え続けるのです。今回の作品は、この曲と、それから「Tombe La Neige」という歌(雪は降る降る、あなたはこない、の曲です)をごちゃ混ぜにして作りました。

Lamento della Ninfa

Amor
(Dicea)
Amor
(il ciel mirando,
il piè fermo,)
Amor
Dove, dov’è la fè
Ch’el traditor giurò?
(Miserella)
Fa che ritorni il mio
Amor com’ei pur fu,
O tu m’ancidi, ch’io
Non mi tormenti più.
(Miserella, ah più, no,
Tanto gel soffrir non può.)


「ニンフのラメント」より抜粋
愛よ
(彼女は言った)
愛する人よ
(空を見つめ、しっかりと立って)
誠はどこにあるの
裏切り者が誓ったその誠は?
(かわいそうな女)
どうか私の彼を取り戻して
愛する人、彼がかつてそうであったように
さもなくば私を殺してください
もはや私が自分自身を苦しめる事がなきように
(かわいそうな女よ、もはやこれほどの霜柱に苦しめさす事はできない)




Bernarda Fink sings Lamento della Ninfa (Claudio Monteverdi)
関連記事 (Category: scriviamo! 2015)
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Category : scriviamo! 2015
Tag : 小説 読み切り小説 定型詩

Comment

says...
こんにちは。
「定型詩+それに合わせた物語」という厄介なリクエストに
こんなに素敵な形で答えてくださって感激です。

悲しい定型詩でしたが、その中に出てくる騎士が
許されることのない罰を歌い続ける…というさらに悲しいお話。

でもとても美しくて、情景も浮かんできて素敵でした。

この度はどうもありがとうございました!
2015.01.11 16:47 | URL | #41Gd1xPo [edit]
says...
こんばんは。

出来る限り短くしようと頑張ったんですが、結局そこそこ長くなってしまって、すみませんでした。
大丈夫でしたか。

詩と物語というのはちょっと難しいお題でした。
Sha-Laさんの方の物語と同じトーンで書いても意味がないので、出来るだけトーンの違うものを書きたかったので、悲しげな話を目指しました。ただ、吟遊詩人というものにあまり知識もなくて、それならばと一番自分が親しんでいるフィールドで書く事にしてしまいました。

喜んでいただけて感謝です。

ご参加とコメント、ありがとうございました。
2015.01.11 18:07 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
哀しいけれど、とても綺麗な短編だと思いました。
悲しい歌しか歌えないんだよ、とか酒場で出会った人に言われたらちょっと惚れるかも(すみません、惚れっぽいもんで)
この定型詩も、とても繊細できれいです。
私が定型詩(たとえば日本の俳句や川柳)を作るのが本当に苦手なもので、
いつも夕さんの詩に惚れ惚れ。
おなじみのマックスの視点だったので、入りやすくて嬉しかったです。
このあとも、楽しみにしていますね。

ああ、私も今悩んでるのを書き終えたら、参加しよう。
2月末日まで大丈夫なんですよね。
2015.01.12 10:17 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

そんな! limeさん、いくらお酒の席でも、こんな通行人レベルのキャラに惚れちゃダメです!
しかも、「もと」悪者ですよ。

いや、本当に、詩は、お恥ずかしい。
散文詩に較べて定型詩の方がまだ「約束事だけはクリアした」という満足感があるのですが、肝心の内容が……うぅ(泣)こんな詩でも、小説よりずっと時間がかかっているのですが……。

マックスは、旅するオブザーバーの役割、慣れていますから書きやすかったです。
イメージは、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」のルーヴラン行きの旅を始めた最初の頃かな。
読んでくださっている方からすると「このマックスってのはどんな人なんだろう」みたいな所を飛ばせるのがスピンオフのいい所ですよね。

あ、limeさん、今、執筆でお忙しいんですよね。
宣言してくださった方の分は、締切を過ぎても大丈夫ですので……。
参加していただけるのが何よりも嬉しいので、忠犬ハチ公のようにお待ちしています。

コメントありがとうございました。
2015.01.12 21:08 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
更新お疲れ様でした。

降り積もる雪が似合う、悲しいお話ですね。
騎士と姫君のあいだにどんな出来事があったのか、姫君が身を投げたあと騎士になにがあったのか。いろいろと想像すると、書かれていないドラマが滲み出してきます。
「森の詩」の世界観が活きていますね。マックスの傍観者っぷりはさすがですが、一宿一飯の縁は雪の向こうに消えても、この出会いはマックスになにかの形で残っていくのだろうなと思いました。
それにしても、定型詩+小説とはまた、たいへんな労力ですね。詩もそうですけど、短い(言葉が少ない)ほうが、創作は難しいですよね。
2015.01.13 01:57 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
悲しいお話しです。
詳しい事情はこの物語からは不明ですが、灰色の塔でいったい何があったのでしょう。
悲しい歌しか歌えない吟遊詩人は永遠にこのままなのでしょうか。
真っ白な雪、そこに拡がる身を投げた姫の真っ赤な血、鮮やかに脳に残ります。

マックスは次の町へ向かうのですね。
2015.01.13 12:53 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

どうも「雪は降る降る、あなたは来ない」から離れられなくて……(orz)

この悲劇とその後のことを詳しく書いちゃうと、「なんだよそれ」みたいなどうでもいい話になっちゃいそうですが、こうやってぼかしてあると意味深な上にエセ耽美な感じですよね。

本編では、現実に起らないような事は一切書かなかったのですが、これは番外編なので「もしかしてこの詩人は呪いで死なない人?!」みたいな、プチオカルトのイメージでもいいかなと思いました。でも、単に詩人のコスプレかもしれません。

詩や小説は、短くまとめようとすればするほど苦悩しますよね。TOM-Fさんが時おり書かれるTwitter小説、いかにすごい事か、改めて思いますよ。詩と小説のコンビは考えた事もなかった組み合わせだったので、ちょっと苦労しましたが、何とか形になってよかったです。

コメントありがとうございました。
2015.01.13 18:54 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

仮説が三つ立てられます。
(1)灰色の塔はただの廃墟で何も起こらなかった。コスプレをした詩人にマックスが担がれた。
(2)灰色の塔に閉じこめられていた女が事故または自殺で転落死した。その話が時代とともに美化されて詩に歌われた。詩人はやはりコスプレ。
(3)本当に騎士が姫を欺き、死なせてしまった。天罰で騎士は死なない体となり、誰も聴かない詩を永遠に冬の世界の中を彷徨いながら歌い続ける事になった。

中世の説話集などを読むと、わりとこの手の話が載っています。読みながら現実はどんな事件だったのだろう、それともただの誰かの創作なんだろうかと考えたりするのも好きなんですよ。

冬って、夏と較べて色の数が少なくなると思うのです。その分、色の対比も鮮明になるかなと思って、白、黒、灰、蒼鈍色、そして血の赤を意識して書きました。イメージしていただけて嬉しいです。

マックスは、私の頭の中では、ルーヴランへと向かいます。あれ? こんなところで何ヶ月も過ごしていたのか? 

コメントありがとうございました。
2015.01.13 19:23 | URL | #9yMhI49k [edit]

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