scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】新しい年、何かが始まる

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


「scriviamo! 2015」の第四弾です。ポール・ブリッツさんは、昨年のscriviamo! で書いてくださった『歩く男』の「わたし」を再登場させて、作品を書いてくださいました。

ポール・ブリッツさんの書いてくださった『夢を買う男』
ポール・ブリッツさんの関連する小説: 
『歩く男』
『食べる男』


オリジナル掌編小説と俳句、それに鋭い書評や愛に溢れた映画評論などを書かれていらっしゃる創作系ブロガーさんです。ちょっとシニカルで、あっというような目の付け所の小説を書いていらっしゃる上、よく恐ろしい(笑)挑戦状を叩き付けてくるブログのお友だちです。

で、この「マンハッタンの日本人」シリーズを最初に取り上げてくださったのがポールさんでした。私自身としては一回書いてそのまま忘れていたのですが、その後、皆さんが次々と取り上げてくださるおかげで、うちの山のようにいるキャラたちの中でも、落ちこぼれヒロイン美穂は突如として有名人になりました。

もともとはただの通行人だった名無しキャラが、どうやらヒーローに昇格しかけているのは、ええ、ポールさんの設定に合わせてのことです。あ、勘違いでしたら、いつものごとく、ガンガンとフラグ折ってやってください(>>ポールさん)。ポールさんの作品と一人称が一致していないのですが、キャラクター・ポールはアメリカ人ですので正式な一人称は「I」です。氣になる方は全セリフを脳内英訳してくださいませ(笑)あ、ポールさんが嫌がっているのに、もう一人のキャラにも勝手に名前を付けちゃったのは、決して報復ではありませんよ。ありませんったら。


【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、だんだん話が大きくなってきたので新カテゴリにしてまとめ読み出来るようにしました。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ

「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



「マンハッタンの日本人」シリーズ 7
新しい年、何かが始まる
——Special thanks to Paul Blitz-san


 仕事中にかかってきたその電話番号には、憶えがあった。でも番号で表示されるという事は電話帳に登録されていない人だ。誰だろう。美穂はつい受けてしまった。声を聴いて失敗したと思った。
「やあ、ミホ。久しぶりだね」

 電話帳に登録されていないのは、美穂が想いを断ち切るために自分で消したからだった。かつて彼女を弄んで逃げるように去ったマイクだった。

「こんにちは。何の用?」
「何の用って、冷たいなあ。久しぶりにニューヨークに出てきたから、思いだして連絡したんだけど」
「あなたがまだ私の電話番号を手元に持っていたなんて意外だわ」
「どうして? 君は僕とつき合っているつもりだっただろう? 今日、泊ってもいいかな? ほら、知らない仲ってわけでなし」

「冗談じゃないわ。絶対に来ないで!」
美穂はカッとして電話を切った。すぐにまたかかってきたけれど電源を切ってエプロンに突っ込んだ。

 横で配膳をしていたポールが不思議そうな顔をした。美穂は、今の会話聞かれちゃったかな、と思ったが、黙って皿を二つもって、五番テーブルへと運んだ。

 不思議だった。二年前はあんなに連絡が欲しいと思っていたのに、マイクの声は今の美穂にはちっとも嬉しくなかった。大体何のつもりよ。私は無料宿泊所じゃないわ。

「なあ、ミホ。今日、本当に大丈夫か?」
ポールが訊いてきた。今日って? 美穂は一瞬考えてから思いだした。ああ、そうだった、今日、ポールとその同居人が家に来るんだった。

 一週間くらい前に、ポールに訊かれたのだ。
「なあ、お前のアパートメント、ネットに繋がっているか?」
「え? あ、インターネット。繋がっていはいるよ、一応」

「だったらさ、悪いけれど回線ちょっと貸してくれないかな。アップロードしたいモノがあってさ」
ポールに言われて美穂は少し困った。

「あ、あの、それはメールかなにか?」
「いや、動画」
「えっ。それは……」
「なんか困る事でも?」

「うん、今どき、なんだけれど必要な時に繋げる契約でね。普段はメールのやり取りと必要な事だけネットサーフィンするぐらいだから」
「えっ」

 ポールはこりゃダメだという顔をした。美穂は慌てて言った。
「あ、でもね。ほら、先月から時給が上がったでしょ。だから、来週から常時接続の一番安いプランに切り替えてもらう事になっているの。あまり速くないけれど、それでよければ来週にでも」

 そして約束したのが今夜だった。
「あ、もちろん大丈夫。ルームメイトの方とはどこで待ち合わせなの?」
「ユニオン・スクエアに来ているはずだ。早く行かないと、怒られる。寒いからな」

 ポールの同居人は、ボクサーだと聞いていた。実は先々週まではもう一人の同居人がいたらしいのだが、亡くなられたのだそうだ。その日、美穂は休みだったのだが、オーナーからの電話で突然呼び出された。ポールのルームメイトが急逝して、医者だの警察だのが来て出勤できなくなったので、代わりに急遽でてきてほしいと頼まれたのだった。

 今日の用事もどうやらその亡くなった方の遺言に関する事らしい。美穂はどこまで訊いていいのかわからなくて、それだけしか知らなかった。

 ユニオン・スクエアで待っていたヒスパニック系の男は、案の定あまり上機嫌とは言えなかった。このスクエアは風が強い。今日のように寒い日は格別に居心地が悪いだろう。
「はじめまして。美穂です」
彼女が挨拶すると、愛想もなく「イヴォ。よろしく」と言った。ポールが取り繕うように解説した。
「こいつ、本当はハビエルっていうんだけれど、どういうわけかリングでも普段もイヴォで通っているんだ。プロのボクサー」

 イヴォはリュックサックを背負っていて、それは重そうに彼の肩に食い込んでいた。ポールが訊いた。
「例のラップトップとビデオカメラ。持ってきたか」
「あたりまえだろ。そのために行くんだから。それより、腹減ったな、君のうちの近く、ピッツァ屋なんかある?」
突然訊かれたので美穂はどきっとした。
「近くにはないですけれど、もしよかったら作業なさっている間に、私、パスタでも作りましょうか?」

 それを聞いて、イヴォの機嫌は即座に治ったようだった。
「そりゃ、悪いね。頼むよ。おい、ポール、ラッキーだったな」
「本当にいいのか?」
目を丸くするポールに美穂は笑って答えた。
「パスタなんて、一人分作っても三人分作っても手間は変わらないもの。どっちにしても私もお腹空いているし」

 そんな事を話しているうちに、アパートメントについた。階段を上がって、三階の廊下を歩き、角を曲がった時に、美穂はぎょっとした。部屋の前にマイクが立っていたのだ。

 マイクは美穂が二人も男を連れて上がってきたのでさすがに驚いたようだった。が、すぐにその表情を引っ込めると馬鹿にしたように笑った。
「道理で尻尾を振ってこなかったわけだ」

 美穂は怒りに震えた。
「修道院に行くことになったって、あなたに尻尾なんか振るもんですか。警察を呼ばれたくなかったらさっさとオハイオに帰りなさいよ」
「ふふん。二人いっぺんに連れ込んでいっぱしにモテているつもりかよ。どうせまたヤリ捨てされるだけだろう」

 それを聴いてポールが黙っていなかった。
「これ以上、ミホに対して失礼な事を言ったら、殴るぞ」
「おい、ポール、殴るのは俺に任せろ」
「バカ。素人をプロのお前が殴ったらヤバいだろ」

 プロという言葉を聞いてギョッとしたマイクはモゴモゴと何かを言うと、慌てて三人の間をすり抜けて去っていった。
「なんだよ、口程にももないヤツめ」
イヴォが大声で言うのを聞いて、美穂は情けなくなった。私、何であんな男の事を好きだったりしたんだろう。恥ずかしい。

* * *


「おおっ。女の子の部屋だ!」
イヴォが妙な喜び方をしている。美穂は、そこそこ片付いているのを確認して少しだけホッとした。二人のコートを受け取って、デスクの所に案内した。
「あ、このLANケーブルで接続して。今、ログインするわね」

 二人がすぐに作業に入って、ああだこうだとやりはじめたので、彼女はその場を離れてキッチンに向かった。

 すぐに湯を沸かす。沸騰を待つ間に、玉ねぎとニンニク、それに人参をみじん切りにする。オリーブオイルでニンニクとタマネギを炒め、いい匂いがしてきてからひき肉を炒める。人参を加え、白ワインと乾燥キノコを投入して、瓶詰めトマトを入れる。沸騰したらブイヨン、塩こしょう、醤油で味を整えて弱火にする。

 沸騰したお湯にパスタを入れようとしている時に、視線を感じて後ろを向くと、男二人がキッチンを覗き込んでいた。
「え。まだ15分くらいかかるよ。もう、アップロードは終わったの?」

 二人は同時に首を振った。
「腹が減っている時に、そんないい匂いをさせられたら、たまらないぜ」
イヴォが言った。ポールも黙って同意した。美穂は肩をすくめてパスタを茹ではじめると、狭いテーブルを片付けて、三人分の皿とカトラリーを並べた。客なんかほとんど来ないから、器はバラバラだ。それから急いでレタスとトマトを洗うと小さいサラダを作った。二人は既に勝手にテーブルの前に陣取っていた。

 パスタが茹で上がると同時に、三人は食べはじめた。
「珍しいものじゃないけれど、どうぞ」
「美味い!」
イヴォはそれ以上何も言わずにひたすら食べた。ポールも味わうように食べていたが、やがて言った。
「お前、ジョニーと担当変わった方がいいな」
 
 美穂はぎょっとして首を振った。
「冗談でしょう。私は調理師学校に行った事なんかないもの。できないよ」
「でも、これだけでもあいつの作るのよりずっと美味いぜ」
「ありがとう。隠し味に乾燥キノコと醤油が入っているんだ。それで旨味が出るのかも。本当は明日まで待った方が美味しくなるんだけれど」

 ポールは頷いた。美穂は氣になっていた事を訊いてみる事にした。
「動画をアップロードすると言っていたけれど、どんなもの?」
「うん? 死んじまった詩人の詩の朗読。今日アップロードしたのは、本人が朗読した部分なんだ。でも、まだ続きがあるんで、それを誰かが朗読するところを撮影して動画を作成しなくちゃいけないんだよな」

「そうだ、ミホに読んでもらえばいいじゃないか」
突然イヴォが顔を上げた。パスタに夢中になっているのかと思ったが話は聴いていたらしい。
「そうだな、お前、読んでくれないか?」

 美穂は激しく首を振った。
「え。ダメ。私の英語の発音おかしいし、詩の朗読なんて絶対に無理。どうして自分たちで読まないの?」
「やってみたんだけれど、なんか小学生の学芸会みたいになっちまうんだ」
イヴォが言う。美穂はポールを見て言った。
「だったらダイアナに朗読してもらえば。彼女の英語は綺麗だし、あなたとつき合っているんでしょ?」

 そう言った途端イヴォが「なんだって!」と叫んだ。ポールはぎょっとして大きく首を振った。
「おい、ミホ! なんて事を言うんだ。僕がこのボクサーに殺されたらどうする!」
「え?」
「ダイアナとつき合っているのは、こいつだよ! 僕は潔白だ」

 美穂はあわてて謝った。
「ごめんなさい。知らなかったの。一緒に歩いている所を見たから、そうだと思っちゃったの」

 イヴォは、まだポールを睨んでいる。
「本当だな」
「あたり前だ! お前の女に手を出すような無謀をするか。大体、彼女はお前にベタ惚れだろう」
「ふふん。それもそうだな」

 美穂は、ため息をついた。なんか今日は散々だなあ。いろいろあって、ポールにはイヤな人だと思われちゃったかな……。

 彼女は少々落ち込んだまま皿を洗った。二人はコンピュータの前であれこれ論議していたが、やがて美穂の所にやってきた。ポールが言った。
「悪いけれど、残りの分については、また日を改めてもいいかな。最初の分の反応を見てから、ちゃんと朗読者を選んで撮影した方がいいだろうって話になったんだ」

「もちろん。いつでもどうぞ」
「へへ。次回はどんなものが食えるかな」
イヴォが言うと、ポールは「こらっ」と小突いた。

 二人が帰るのを玄関で見送った。イヴォは初対面時の不機嫌が嘘のように、片手を上げて朗らかに「ごちそうさま」と言った。

 ポールは「ありがとう」といって、美穂をハグした。《Star's Diner》では、彼がそんな事をしたことは一度もなかったので、美穂は狼狽えた。

 二人が去った後に、彼女は静かになったキッチンで、崩れるように椅子に座った。誤解しちゃダメ。アメリカ人にとってはハグなんてただの握手と変わらないんだから。ドキドキが止まらない。今日は、色々ありすぎた。疲れちゃったな。

 穏やかな新年の始まりとはいかないようだ。前途多難だな。美穂はしばらくそうしてあれこれと考えていた。明日も仕事だ。早く寝なきゃ。上手く寝付けない事は、今からわかっていた。

(初出:2015年1月 書き下ろし)
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Tag : 小説 連載小説

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