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Posted by 八少女 夕

【小説】黄色いスイートピー

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


「scriviamo! 2015」の第六弾です。ウゾさんは、先日書いてくださった『其のシチューを 再び味わおうか』のさらに続きを書いてくださいました。ありがとうございます!

ウゾさんの書いてくださった『其のシチューを 再び味わおうか  珈琲を追加で 』
ウゾさんの関連する小説: 
『其のシチューは 殊更に甘かった 』
『其のシチューを 再び味わおうか』


ウゾさんとのお付き合いは、ブログ運営年数 − 数ヶ月。それ以前に知り合った方で、今もブログを通して交流している方はほとんどないくなってしまったので、たぶんもっとも古いブログのお友だちの一人ということになります。最初に作品を通して交流したのが『短編小説を書いてみよう会』でしたよね。思えば、あれが私のブログ交流の原点になっています。そして、ウゾさんをはじめ、あの時知り合った何人かのお友だちが、今でもこうやってかまってくださる。ありがたいことです。

さて、書いていただいた作品、つい先日発表したお返しの作品「歌うようにスピンしよう」への、この「隅の老人」視点でのアンサー小説。前回は、脇キャラであったキャシーを《Cherry & Cherry》でのメインキャラに据えてみましたが、それをとても上手に引き継いでくださいながら、やはりウゾさんらしく独特の世界観で書いてくださいました。

で、「マンハッタンの日本人」シリーズは、scriviamo!の時期しか進まないし、来年はやらないかもしれないので、今のうちにサーブにはレシーブしちゃうことにしました。またしてもキャシーを登場させています。

「マンハッタンの日本人」シリーズは、昨年以来、交流で作っていく特殊小説になっています。こうなったら何でもありですので、乱入なさりたい方はどなたでもご自由にどうぞ。


【参考】
読まなくても話は通じるはずですが、だんだん話が大きくなってきたので新カテゴリにしてまとめ読み出来るようにしました。
「マンハッタンの日本人」あらすじと登場人物
「マンハッタンの日本人」シリーズ

「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



「マンハッタンの日本人」シリーズ 8
黄色いスイートピー
——Special thanks to Uzo san


 美穂が病室にやってきたのは、面会時間も終わりかけの午後六時半だった。朝から働き詰めで疲れているんだろうから、わざわざ見舞いになんか来てくれなくてもいいのに。

 キャシーは、ギプスをはめられた足を見ながら、今日の夕食のチキンは意外と美味しかったなとのんきに考えている所だった。

 三日ほど前のことだった。キャシーがいつものように、ウォールマン・リンクでダブル・サルコウを飛ぼうとした時に、一人の男がスピード・スケートのまねごとをして突っ込んできたのだ。なんとか衝突を避けようとして、変に体をねじったので着地に失敗して、足の骨を折ってしまった。本来ならば、入院代はどうしようかとか、このままじゃ仕事を失う、なんとかしなくてはと、不安にさいなまれているはずだったが、今回は天がキャシーに味方したのだ。

「保険?」
キャシーの辞書にはない言葉だった。雷が落ちるか、クビを宣言されるかどちらかだと思っていたキャシーの前に現れたケチオーナーは高笑いをした。
「総合事業者保険を契約し直したばかりなのだ。わはははは」

 それによると、これまでの保険がぼったくりに近いものだったのを、《Star's Diner》の店長代理であるポールに指摘されて今年から契約を見なおしたらしい。見なおしたと言っても、細かい字を読むのは苦手なので、ポールに一任して新しい保険会社と契約を決めさせたそう。

 各種の損害補償と従業員の疾病障害時に於ける代替労働力雇用に関する費用などがバランス良くカバーされている保険に、従業員の労働災害以外の事故の入院費用までカバーする特約がついていたらしい。もともとの保険とあまり変わらない額になったが、全従業員の時給を上げるか、これを契約するかどっちかを選べとポールに言われて、オーナーは総合的に安いこちらを選んだ。

 つまり、入院費用だけでなく働けない間の生活費の補償までもらえて、キャシーがこうやってのんびりと静養していられるのは、ひとえにポールのおかげなのだが、ケチオーナーは自分の手柄だといいふらしていた。呆れて真実を教えてくれたのは美穂だ。

 その美穂は、キャシーの代わりに週の半分《Cherry & Cherry》に来ている。基本ひとり体制の《Cherry & Cherry》なので、保険で雇えた代わりの新人には勤まらない。オーナーは、キャシーが復帰するまで《Star's Diner》に新人を配して、美穂一人にキャシーの代わりをしてもらうつもりだったが、ポールが断乎として反対したので、結局、美穂とダイアナが交互で《Cherry & Cherry》に入ることになった。

 美穂はどうやら《Cherry & Cherry》に来る日も、二時間早く《Star's Diner》に寄ってブラウン・ポテトを用意しているらしい。キャシーは「日本人って、どうかしている」といつもの感想を述べた。それから六時まで働き、夜番のジェフが来るのを待ってから帰宅する。相当疲れているはずなのに、不機嫌な様子は全く見せなかった。

「ハロー、キャシー。具合はどう?」
美穂は、コートを脱ぐとベッドの脇にある椅子の背にかけた。そして、周りを見回して、何かを探した。

「うん。こうしている限り、なんともない。でも退屈。あと一週間もこんなことしているの、やになっちゃう。ミホ、何を探しているの?」
美穂は手元の小さい三角の紙包みを見せた。
「お花。花瓶になるものないかと思って」

 それから小さいコップを見つけると、それに水を入れてから包みを開けた。黄色い鮮やかな色がキャシーの目に入った。
「スイートピー! 可愛い。どうしたの?」

 美穂は思い出し笑いをした。
「ほら、時々来るあのおじいさん、あの方があなたを訪ねてきたのよ」
「ヘ? あの人?」
「ええ。この間足りなかった5セントのことを氣にしていらしたみたい。お礼にって、この可愛い花を持って。あなたの事故の事を言ったら、びっくりしてとても心配していたわ」

 美穂はスイートピーの花が一輪の入ったコップをベッド脇のキャビネット上に置くと、ポケットから袋に入った小銭を出して、コップの隣に置いた。
「これは?」
「これもあのお客さんから。借りていた5セントと、それから今日はコーヒーも頼むつもりで来たけれど、あなたがいないから、チップとして置いていくって」

「へえ~。たった5セントのことなのに、律儀なおじいさんねぇ。それにミホも、わざわざ持ってきてくれてありがとう」
「どういたしまして。それから、あのお客さんもお見舞いに来たいみたいなんだけれど、ここに入院しているって教えてあげてもいい? 一応確認してから……」
「もちろん。来てくれたら嬉しいよ。でも、あと一週間で退院だからなぁ」
「明日、また立ち寄るっておっしゃっていたから、そう伝えておくわね」

 美穂が帰ったあと、キャシーは枕元の黄色いスイートピーを眺めた。同じ病室にいるほかの三人の所には、恋人や友人たちが花を持ってきていた。キャシーの母親は仕事の合間にちょくちょく来てくれるが、花を持ってきたりはしない。だから、自分の所にも花が来たことが嬉しかった。

 春を思わせてくれる明るく優しい花。このさりげなさが、あのおじいさんらしい選択だなと嬉しくなった。

 明日、美穂が伝えたら、すぐにお見舞いにきてくれるのかな。あ、明日はお祖母ちゃんも、見舞いにくるって言っていたかも。そうしたら、あのおじいさんを紹介してあげようっと。この人も「スタンド・バイ・ミー」の曲が好きなんだよ、きっと氣が合うんじゃないかなって。

 キャシーは、先ほどまでの退屈はどこへやら、明日が楽しみでしかたなくなった。

(初出:2015年1月 書き下ろし)
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Tag : 小説 連載小説

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