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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(5)花咲く家 - 2 -

「霧の彼方から」の続き三つに切った「花咲く家」の二回目です。この「郷愁の丘」そのものは完結した作品で続編が必要とは思っていなかったのですが、要望を受けて前作では飛ばしたシーンを書いたときに、「むしろこっちの話の方が重要かもなあ」と頭に引っかかっていたのが、グレッグのイギリス時代の話でした。

実母レベッカとの邂逅は、ある意味では「郷愁の丘」で描いた実父ジェイムス・スコット博士との邂逅の繰り返しでしかないのですけれど、グレッグが幼少期を乗り越えて前に進むためには必要なステップでした。と、同時に、この後の流れにつなげるための「あり得る唯一のきっかけ」でもあります。

「レベッカは実母なのに我が子にこんなに冷たいはずがない」とお思いの方もあるかもしれません。でも、実はこの外から見るとものすごく変わった親子関係、ちゃんとモデルがあります。しかも、私自身の●親等の世界です。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(5)花咲く家 - 2 -

「ようこそ、カペッリさん。私がレベッカ・マッケンジーです」
彼女は、ジョルジアに手を差し出したが、ハグをしようとする様子は全く見せなかった。そして、ジョルジアが会釈をしてその手を握ったが、乾いた手のひらは全く力を込めてこなかった。それは、握手よりも、扉を開けるためにドアのノブに触れている時のように無機質な感触だった。

 それから、レベッカは、ようやくグレッグの方を見て言った。
「久しぶりね、ヘンリー。よく来てくれました」

 握手もなければ、ハグもキスもなかった。久しぶりに会った母と息子は、全く触れ合うことすらなかったのだ。

 レベッカはソファに座るよう勧めた。ゴールドベルベッドのチェスターフィールドソファで、座り心地は抜群だ。

 用意された銀のティーポットは磨き抜かれ、触ると壊れるのではないかと思われるほど薄い花柄のティーカップがその隣に行儀よく置かれていた。

 ジョルジアは少し硬くなり、ソファに浅く腰掛けた。目を向けると、グレッグも寛がない様子で座っていた。

「イギリスやケニアの方ではないようね」
レベッカは、紅茶を勧めながら言った。

「アメリカ人です。祖父母は北イタリアの出身ですが、両親の代からニューヨークに住んでいます」
「まあ。ニューヨークの方が、サバンナで世捨て人のように暮らすヘンリーとどうやって知り合ったの」

 ジョルジアは、鞄から二冊の写真集を取り出した。グレッグと知り合うきっかけとなった『太陽の子供たち』と、彼も被写体として入っている『陰影』だ。
「私は写真家なのですが、この作品の撮影の時にお世話になったのがきっかけです」

 二冊を受け取りながら、レベッカは驚いた表情を見せた。
「写真家ですって? まあ、驚いた。そのような仕事をする女性がいるのは知っていましたが、実際に逢うのははじめてです」

 グレッグは言った。
「母さん。彼女はとても才能のある人で、その帯にあるように、『フォトグラフ・オブ・ザ・イヤー』という権威ある賞で入賞したんだ」

「あなたのお陰でね」
ジョルジアは、付け加えて微笑んだが、レベッカはその話題には、さほど興味がないようだった。

 モノクロームで人物を撮った『陰影』は、心の中で最も重要な位置を占める存在として、グレッグの写真がラストページに入っている。表紙には彼の横顔も写っているのだが、レベッカはどちらの写真集も開こうとせず、少し離れたサイドテーブルに置いた。

 その時、玄関から大きな音がして、誰かが邸内に入ってきたのがわかった。男女が大きな声で話しながら廊下を進んできた。

「ああ、わかっているよ。客間にいるんだろう」
「あのヘンリーが、結婚相手を連れて来たって、本当かしら」

 ノックと同時に、応接室の扉が開かれ、明らかに兄妹だとわかるよく似た二人が入ってきた。

「やあ。本当にヘンリーだ。何十年ぶりだろう。僕たちのことを憶えているだろうか」
「そりゃあ、憶えているでしょうよ。ねえ、ヘンリー。結婚するって本当?」

 グレッグが立ち上がったので、ジョルジアもそれに倣った。
「ごきげんよう。ジョン、ナンシー。こちらは婚約者のジョルジア・カペッリだ。ジョルジア、ジョン・マッケンジーとナンシー・エイムズ兄妹だ」

「はじめまして」
ジョルジアが手を差し伸べると、二人は感じよく笑いながら手を握った。

「ヘンリーが、結婚するって聞いて驚いたのよ」
「全くびっくりさせるよな。独身主義者じゃなかったのか」

 グレッグは、困ったように言った。
「主義じゃない。これまで相手が居なかっただけだ」

 ナンシーが意味ありげに笑った。
「ジェーンが結婚したので世をはかなんで、サバンナに籠もったって聞いたわよ」

 ジョルジアは、心の中でジェーンとつぶやいた。その人なのかしら、彼が心の奥にしまっている特別な女性は……。グレッグを見ると、わずかに眉をひそめていた。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

日本で買った便利なモノ (5)ファスナー圧縮バッグ

さて、今日は日本で買った便利グッズを紹介するコーナーです。五回目の今回はファスナー圧縮バッグです。

ファスナー圧縮バッグ

正確に言うと、これは帰国時に買ったものではなくて、最近姉に頼んで送ってもらったものです。

ヨーロッパ旅行に出かけるときは機内持ち込みサイズギリギリのスーツケースを持って行くようにしています。もちろん、もっと大きいものも許可されているのですけれど、やはり街中を快適に動き回るには、荷物は小さい方が便利なのです。このサイズなら、電車に乗り込むのも楽ですし、座席の下や後ろに収納できるので目を離さずに済みます。(このスーツケースの話はいずれまた語ります)

もともと私は女としては必要な持ち物が少ない方なのですけれど、それにしても一週間の旅行に行くのですから、衣類がスーツケースに占める割合のことは氣になります。往きはいいのですけれど、帰りはお土産を入れるスペースもあるじゃないですか!

それでこれまでは、ビニール製の圧縮袋なども使っていたのですけれど、いくつか不満がありました。一つは、ビニール製の圧縮袋は、小さくはなるのですけれど形が不揃いでスーツケースの中で今ひとつ収まりが悪いこと。それに、中のエアーを抜くのが少し難しいこと。そして、圧縮しすぎでしわになるのですよね。

それで、最近の旅行トレンドに乗っかって、こちらを購入してみました。こちらはファスナーを三カ所閉めていくと40〜50%圧縮されるタイプなのですね。

実際に、私がポルトに持って行った着替えはこんな感じの量でした。下に下着類などが、上にはTシャツや軽いボトムス、それにシャツや寝間着まで突っ込みました。溢れて見えますが、実際にはじめは溢れていました。これらを畳んでまず上下のファスナーを閉めます。容量は意外とあって、入るんですよ、これでも。

ファスナー圧縮バッグファスナー圧縮バッグ


それだけでもけっこう量が減った感じがして満足、実際に往きは、ここまでの状態で持って行きました。なにしろ四角いのでスーツケースの底に綺麗に収まりました。

帰りは、更に真ん中のファスナーも閉めました。それがこの記事の最初の写真ですが、本当に圧縮されているでしょう? すごいんですよ。

この手の商品、通販大手などではいろいろと販売されているのですけれど、値段よりもファスナーがYKK製であると明記してある商品を購入しました。ファスナーの耐久度と品質が命の商品ですから。買った当人としては、大満足のお買い物でした。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(5)花咲く家 - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。ようやく本題、というかそもそもの舞台であるイギリスに戻ってきました。ロンドン到着などはすっ飛ばして、二人は既にバースにいます。バースはローマ時代の温泉施設が残る街で、イングランド西部サマセット州にあります。十八世紀のジョージアン時代に王侯や富裕層の保養地として有名になり、その時代の優美な建造物が美しい町並みを作っています。

バースに初めて行ったのは、大学生時代でした。その時は「ストーンヘンジとバース、ウィンザー城観光」というありがち一日観光の一つとして訪れ、時間もなかったのでローマン・バスしか観なかったという記憶があるのですけれど、今年の三月は取材という目的意識を持って行ったので、ずいぶんと違った印象になりました。

もっとも、その町並みの話が出てくるのは次の章。今回は,グレッグの母親レベッカとの対面がメインとなります。この章も三回に切ります。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(5)花咲く家 - 1 -

 その家に着いた時、ジョルジアは思わず歓声を上げた。かつて素材写真集の撮影で『イギリス的邸宅』を扱ったことがある。そして、編集部がアメリカ中を探し回って探してきた『イギリスマニア』の家を撮影しながら、イギリスにもこんな家はもうないに違いないと思っていた。だが、グレッグが連れてきた彼の母親の住む家は、それを軽く上回る完成度だったのだ。

 それは城のように大きいものではなかったが、バースストーンと言われる蜂蜜色の石を用い、優美な柱やアーチで飾り付けをした大きな窓が印象的な典型的なジョージ王朝様式の邸宅だった。

 おそらく何世紀もの時が作り出した壁の石材の色褪せ方は、グレッグの母親やその夫のマッケンジー氏の意思とは関係ないのであろうが、その前に広がる英国風庭園のきめ細やかな手入れを見れば、この夫婦がこの館の維持にどれほどの情熱を傾けているかを瞬時に見て取ることができる。

 三月末はまだ肌寒い日もあり、どこの家でも時折冬の名残である枯れた草や、新緑が隠すのを待っている木々の隙間などを見ることがあったが、この庭の飛び石は綺麗に掃き清められ、枯れ草などは取り払われていた。しかし、フランスでよく見るような無理に形を整えられた木々はなく、あくまで自然な形であるように配置されていた。

 だがよく見ると、黄色い水仙の花には、色褪せたものや枯れ始めたものは一つもなく、スノードロップやデイジーも行儀よく並んでいた。チューリップは、無造作に違う色の球根が植えられたかのように見えて、その配置をよく見るとパレットに置かれた絵の具のように計算され、しかもバッキンガム宮殿の衛兵のごとく完膚なき振る舞いで立ちすくんでいた。森の自由な妖精を思わせるブルーベルですら傷みのない個体だけが、春の陽光の中でその透き通るように薄い花びらを慎ましく開いていた。

「なんて素晴らしい庭なのかしら。精魂込めてお世話なさっているのね」
思わず彼女がつぶやくと、グレッグは振り向いて口角を上げた。
「そうだね」

 ジョルジアは、その反応を少し意外に思った。彼の態度には母親の自慢の庭について誇らしく思う喜びが欠けていた。普段、自然を愛し、その美しさを素直に賞賛する彼の態度を見慣れていた。だが、今日の彼は、子供の頃から多感な時期を過ごした家に対する愛着が全く感じられず、それどころかなんとも言えない哀しさすら漂わせていたのだ。

 玄関の脇には、料理用のハーブが植えられていた。ローズマリーの鉢は冬を室内で越したものだろう。北の氣候には合わないにもかかわらず、凍えた様子もなくピンと細い針のような葉のついた枝を広げていた。地植えで越冬させたセージの葉は、ようやく芽が出てきたところで、若い緑が瑞々しい。側を通る時に服に触れて香りが立った。

 ジョルジアは、再び「スカボロ・フェア」の歌詞のことを考えた。『パセリ、セージ、ローズマリー、タイム……』

 桜の花びらがはらりと舞い落ちる。その根元は今朝丁寧に掃いた跡があり、その上にわずかな花びらがゆっくりと着地していった。グレッグはその横を通り過ぎると、ジョルジアに手を差し伸べて一緒にステップを上がり、玄関のベルを鳴らした。

 しばらくすると、ガチャリと厳かな音がして、内側に扉が開かれた。黒っぽい服を着た中年の女性が立って重々しく言った。
「ようこそ、スコット様。奥様が応接室でお待ちです。ご案内いたします」

 ジョルジアは、そっと彼の顔を眺めた。この格式張った応対は、彼女にはあまり馴染みがないものだった。

 ニューヨーク随一の好立地にあるペントハウスに住む兄マッテオの所を訪ねる時も執事がまず出てくる。けれど、ジョルジアが来たとわかると兄は走って飛んできてキスの雨を降らせる。両親は、兄と妹アレッサンドラの成功に伴い、早めに引退してロングアイランドの高級住宅街に住んでいるのだが、貧しい漁師だった頃と生活を変えるのが嫌で、常時の使用人を置いたりしない。だから、訪ねていく時はもちろん自らが出てきて喜んで歓待してくれる。

 グレッグは、ほとんど何も言わずに女性に従って応接室に向かった。暗い廊下から応接室に入った時、その明るさにジョルジアは眼を細めた。窓辺にはサテンを織り込んだカーテンが揺れていて、壁紙もクリーム系のダマスク柄、リネンフォールド多用した重厚なアンティーク家具が置かれ、壁の一面がほとんど暖炉となっていた。

 その暖炉の近くに座っていた女性が重々しい様子で立ち上がった。とても小柄な女性で、くるぶし近くまであるモスグリーンのワンピースを身に纏い、古風なシニヨンに髪を結っていた。銀縁の眼鏡が鈍く光った。
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

サン・ジョアンの祭り

サン・ジョアンの祭り

昨夜、無事に自宅に帰宅しました。いつもは春に行くのに、六月にポルトへ行ったのは、ひとえにサン・ジョアンの祭り(正確には前夜祭)を体験してみたかったからです。着いた翌日の日曜日なのですけれど、22日の土曜日にはもうパレードがあったり、すぐに楽しむことができました。

作品では、それなりに調べて書いたのですけれど、実際に体験して「ちょっと違ったかな」と思ったこともいくつかありました。でも、まあ、許容範囲かな。

夏至の直後なので、この写真くらい暗くなるのは夜の十時過ぎです。

空に星のように煌めいて見えるのは、紙風船です。禁止されているらしいのですが、構っちゃいないという感じで、みんなどんどんと飛ばしていました。

左手前に少しだけ映っている丸いもの、わかりますか? ニンニクの花です。ピコピコハンマーよりも、少し入手が難しいのですけれど、かなり早めにゲットしたのですよ。なぜこれを私が欲しがったのかは……おわかりですよね?

(……わかるわけないですよね。作品に出てくる重要アイテムだからです)


「Infante 323 黄金の枷」「Infante 323 黄金の枷」をはじめから読む
あらすじと登場人物

小説・黄金の枷 外伝
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Posted by 八少女 夕

【キャラクター紹介】萱

普段、水曜日は小説を発表しているのですが、現在旅行中につき、一週お休みすることにしました。で、久しぶりのキャラクター紹介の記事です。発表済みの作品や、まだ発表していない作品のキャラクターをちょこちょこっと紹介して、作品に親しみを持ってもらおうかな、という姑息な企画ですね。

今回は「scriviamo! 2019」でフライイングで一瞬出てきた「樋水龍神縁起 東国放浪記」の重要女性キャラ、萱をご紹介します。


【基本情報】
 作品群: 「樋水龍神縁起 東国放浪記」
 名 前: 萱 (かや)
 居住地: 若狭国小浜
 年 齢: 二十代後半
 職 業: 濱醤醢(はまひしお)造りの元締め

* * *


すでに外伝「能登の海」で、登場していますが、本来は「樋水龍神縁起 東国放浪記」のメインキャラです。

萱は濱醤醢の元締めの娘として生まれました。

濱醤醢とは、ニョクマクなどと同じタイプの、魚で作った発酵食品で魚醤です。この話の設定では、朝廷への献上品にもなる極上の濱醤醢づくりの秘伝を受け継ぐ特殊な職人の家系があることになっています。

父親は萱に優秀な若衆の一人を婿に取るつもりでいましたが、その青年は海難で亡くなっています。そして、萱自身には恋仲になっていた商家の男がいて、恋と家業の間で悩んでいた時期がありました。

若衆の事故死に続き、元締めであった父親も数年後に亡くなってしまったため、萱は女の身で元締めになり、家業か自分かの選択を迫った恋人とは別れを選びました。

まだ父親が生きていた頃、その名代として奥出雲の樋水龍王神社へ赴いたことがあり、当時「当代きっての御巫」として名を知られていた媛巫女瑠璃と知り合い親交を深めたことがあります。瑠璃媛の郎党であった次郎とも顔見知りでした。その縁で、若狭国にたどり着いた安達春昌と次郎を自宅に滞在させしばらく養生させることになります。

萱の従姉妹で大領の渡辺氏の落胤である夏と共に、この後、寄る辺なき春昌たちの唯一の湊のような役割を果たすことになる女性です。

* * *


こちらは、私が「大道芸人たち Artistas callejeros」の稔の脳内イメージによくしている上妻宏光の一曲ですが、このイメージでお月見シーンを書く予定。素敵ですよね、この曲。

上妻宏光 風林火山~月冴ゆ夜~

そして、なぜフランス語なんだとツッコミ必至の妄想テーマ曲はこちら。しかも、書こうとしているシーンには、この曲を題材にしたとは到底思えない、日本的メンタリティの筆致で書こうと画策中です。きっと誰にもわからないだろうなあ。

Lara Fabian - Je t'aime


【参考】
「樋水龍神縁起 東国放浪記」をまとめて読む 「樋水龍神縁起 東国放浪記」
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Tag : キャラクター紹介 BGM

Posted by 八少女 夕

サン・ジョアンの祭り!

さて。「黄金の枷」シリーズを書き始めて幾年。ようやく念願叶って,サン・ジョアンの祭りのポルトに来ることができました。なんと、今年は日曜日なのですよ。

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ポルトガルの守護聖人である洗礼者ヨハネの祝日は、6月24日。その前夜祭が、とんでもないお祭り騒ぎなのですが、この日はもともと夏至祭が転じたものでもあるのですよね。私は,この手の古い信仰と新しい宗教が融合した「とにかく祭りなの!」がすきなんですよ。

バジルの香りとイワシの塩焼き、それにピコピコハンマーに,踊りの行列と花火。自作小説に書き込んだ、あれこれ。

「Infante 323 黄金の枷」で、マイアと23がこっそりデートしたあちこちを楽しんでこようと思います。
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Category : 黄金の枷 とポルトの世界

Posted by 八少女 夕

【小説】燃える雨

「十二ヶ月の歌」の六月分です。うかうかしていたら七月になってしまいますね。

月刊・Stella ステルラ 9月号参加 オムニバス小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。六月はAdeleの”Set Fire to the Rain”にインスパイアされて書いた作品です。

この曲も歌詞は特に書きません。ものすごく有名な曲ですし、ネットには日本語和訳が山のように転がっていますので。Adeleといったら、やはり失恋ソング……なので、オマージュして、そのまんまの失恋ストーリーを作ってみました。オチはないので、悪しからず。

六月といったら梅雨、といったら雨、という単純な思考で選んだ曲ですが、日本ではなく三月に遊びに行ったロンドンを舞台にしてみました。一年中、雨の降っている印象のある国ですね。


短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の歌 2」をまとめて読む



燃える雨
Inspired from “Set Fire to the Rain” by Adele

 しばらく待って、やはり出て行くことを決めた。座っていたティールームの入り口には、濡れる前にと駆け込んできた客たちが、早く出て行って欲しいという視線を投げつけてくる。こんな時に、「それがどうした」と跳ね返して、粘れるような強い精神力をリサは持っていなかった。

 次々と入ってくる客たちの対応に追われている店員はなかなか勘定を済ませてくれなかった。ようやく戸口から出た時には、雨は更にひどくなっていて、冷たい風が吹き付けてくる。

「ちゃんと閉めてよ。隙間風が寒いじゃない!」
出てきたばかりの店から、不機嫌な注意を浴びせられ、リサはこの店には二度と来たくないと思った。かつては、あんなに好きだったのに。

 彼と大英博物館で数時間を過ごすと、いつも足が棒になった。世界中から訪れた観光客でごった返す博物館内のカフェではなく、少し歩いてこの店で休んだ。手作りのタルトやスコーン、丁寧に淹れた上質の紅茶、それらを楽しみながら見てきたばかりの博物館の展示に関する話題で盛り上がった。

 ある日は、古代アッシリアやエジプトの展示を中心に観て当時の王権の強大さや発掘品がイギリスに運ばれた経緯について語ったし、また別の日にはジャパニズム・ブームで集められた浮世絵や鎧などについて、リサの方が熱弁を振るった。

 違う日に別の展示の前で、この前と同じ人と偶然であった、そんなきっかけで始まった付き合いは、やがてティールームからパブへ、それから送ってもらったリサの部屋へと移動した。はじめから誘われたわけでもなければ、彼女がを狙って近づいたわけでもなかった。ごく普通に恋に落ちただけだ。彼は、自分のことを多く語らず、友人にもまだ紹介してもらっていなかったけれど、そうなるのにはまだ時間が掛かるのだと思っていた。

 一日で全てを経験できると教えられた天候の変わりやすさは同じでも、希望に満ちてこの街に遷ってきた十年前には、濡れるほどの雨が降ることは珍しいと言われていた。けれどここ数年は、傘を持っていないと憂鬱になるような降り方をすることが多い。

 彼女は、軒下から軒下へと小走りに伝いながら、ニュー・オックスフォード・ストリートを目指した。屋根つきのバス停に駆け込んで一息ついていると、目の前を一台のメルセデスが派手に水をかけていった。

 助手席に座っていたのは、あの令嬢だ。財閥の跡取りを父親に持ち、高級デパートのはしごをして時間を潰していると評判だった。料金を全く考えずに毎晩携帯電話で国際電話をかけまくっているという噂を伝えたら、彼は「金があるだけが取り柄の人間もいるさ。いちいちやっかむ必要はないよ」と笑った。

 でも、今は、やっかむ正当な理由ができたじゃない。彼女は、俯いて唇を噛んだ。メルセデスのボルドーがかったブラウンは、発売当時に人氣がなかったために非常に台数が少ない稀少カラーだ。彼が自慢にするだけあって、同じ車を見たことはまだ一度もない。だから、車を見ただけで運転席に彼が乗っていることをすぐに予想できた。通り過ぎる瞬間に彼の姿を目に留めて、リサは水たまりに注意して身を引くのを忘れた。

「忙しくてしばらく会えない」
その言葉と共に連絡が途絶えたのを、信じようとしていた。飽きられて捨てられたなんて、認めるのが苦しかった。

 電話をかけても出てもらえないことも、メールに返事がないことも、疑惑を大きくしたけれど、それでも決定的な言葉を投げつけられたわけではないと、自分を納得させ続けてきた。

 彼の言葉が、真実ではなかったと知るのも嫌だった。知らなければ、まだ夢を見て彼の誠実さを大人しく待ち続けることができたのだから。

 彼は知的だったし態度も優しかった。氣後れするほどの一流レストランに連れて行ってくれたわけではないけれど、食事をする時には決して吝嗇ではなかった。将来に関する約束などをしたわけではないから、欺されたということもできないだろう。

 どうしようもなく惹かれ、期待して、夢を見たのは彼女の方だった。令嬢などではないだけでなく、誇れる学歴も、輝かしいキャリアも、何一つ手にしたことがない。日々の生活に追われるだけの生活。

 彼を愛するようになり、何かを期待していなかったかといえば嘘になる。磨き抜かれた、一目で高価だとわかる内装のメルセデス。言葉遣いや服装からも、彼女よりもずっと上の社会に属している人だと感じていた。愛と未来の両方を彼が授けてくれることを願っていた。

 その虚しい期待は裏切られ、すげなく水たまりの飛沫を跳ねかけられた。助手席には、美しく彼のビジネスや人生にもっと有用な助けもできるあの令嬢が座り、リサは一人でここで濡れている。

 雨は、どんどん激しくなった。ドラムを叩くようにアスファルトを打つ。濡れている表面は、雨と風で凍るように冷たくなっている。けれど、彼女の内部は、ひどく熱くなっていった。もはや呼ぶことを許されない彼の名前を叫び、惨めな嘆きが届くように願っている。

 美しくない自分、富豪の娘ではない自分、愛されていない自分、顧みられずにびしょ濡れになった自分。そんな自分を戯れに弄び心を奪っていった男に向けていいはずの、怒りや憎しみはそこにはなかった。未だに抱擁を求めて、リサの心は美貌の令嬢を乗せた彼の車を追っている。

 雨と涙でにじむニュー・オックスフォード・ストリートの街灯を、もう見えなくなった車を探しながらリサは立ちすくんでいた。赤い二階建てバスが、静かに停まり、ドアが開いた。待っていた他の客を乗せると、動かない彼女に運転手が声をかけることなく、ドアは再び閉まった。

 バスが行ってしまうと彼女は、深いため息を一つだけついた。冷たく燃える雨に濡れたまま、トッテナムコートロード駅までの道のりを歩き出した。


(初出:2019年6月 書き下ろし)

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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Adele - Set Fire To The Rain (Live at The Royal Albert Hall)
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

サルサ・ディ・ピッツァ

今日の記事は、ちょっと備忘録っぽいですね。

私の住んでいる地域は、アルプス以北のドイツ語圏ではあるのですけれど、イタリアからあまり離れていないこともあって、イタリアの影響もそこそこあるのです。イタリア人もけっこう住んでいて、彼らを満足させるようなちゃんとしたピッツァを出すレストランもあります。

日本みたいに30分で確実にお届け、みたいなチェーンのピザ屋はないのですけれど、届けてくれる店もあります。まあ、ちゃんとしたお店との味の差が激しいので,私は配達してもらおうとは思いませんけれど。

で、我が家で食べるときは、自分で作ります。もちろん、ピッツァ窯の味とは違いますけれど、家庭の味としてはOKレベル。どのスーパーでも売っているピッツァ用生地を買ってくれば、さほど難しくはないです。

ピッツア用ソースを作る

具は何でもいいんですけれど、大切なのはサルサ(ソース)です。これさえ手を抜かなければ、かなりちゃんとしたピッツァに近い味になります。

量はいつも適当なのですが、トマトピュレ、アンチョビー(ともにチューブ状のものを常備)、オリーブオイル、塩、ニンニク、胡椒、オレガノを混ぜ合わせるのです。

天板に生地を広げて,このソースを塗り、適当な具を載せ(なくてもいい)、薄く切ったモツァレラチーズ(なければそこら辺にあるチーズ)を散らして230℃程度のオーブンで10分ぐらい焼けばできあがり。私は薄いピツツァが好きなので「極薄」の生地があればそれで作ります。

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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(4)彼の問題 - 3 -

「彼の問題」の続き、三回に切ったラストです。

前回、予定を変更しアメリカへ行く前にイギリスを訪ねたいと提案したグレッグ。この小説では、彼が今まであまり語りたがらなかった子供時代や青年時代の話などを、口にしているのですが、今回はその最初です。既に前作を含めていろいろな方から、ご感想をいただいているのですけれど、実の親子にしては距離のありすぎる奇妙な関係です。ただ、親に虐待されていたというような形ではなく、あくまでかみ合っていない関係だったというのがスタンスです。

上手くいっている親子関係はもとより、親に虐待されている子供も、現実にこの世界にはありますが、そうした親子関係ではなく、この特殊な親子関係を選んだのは、関係そのものよりも結果としての彼の存在のあり方が私の小説テーマに上手くはまったからなのですね。

次章はようやくプロローグで着いたイギリスに話が戻ります。あ。もっとも来週は、別の小説を発表します。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(4)彼の問題 - 3 -

 彼は、すまなそうな顔をして彼女を見た。
「母は、正直言って僕のことにはほとんど関心がないから、そんなトピックに触れられるほど長く話ができるかわからない。だから、行く甲斐があるかも疑問なんだ。それに、アフリカだけでなくアメリカに対しても偏見があるので、もしかしたら君に失礼な態度をとるかもしれない」

 ジョルジアは首を振った。
「構わないわ。どうってことないわ。それに、お母様と話す時に、私が行かないほうがいいなら、一人で観光していてもいいし。あなたの育った街を見るのも楽しみだもの」

 彼は、チェストに置かれた写真立てを眺めた。以前《郷愁の丘》に滞在した時にはなかったもの。それは亡くなった父親スコット博士の生前の姿だ。

「本当は、母と話すのが必要なことか、よくわからないんだ。でも、父との関係を何とかしようとしたこと、あの行動を起こしたことは、僕の人生を大きく変えたんだと思っている。その、想いだけが空回りしていて、結局一人では彼と上手く話せなかったけれど。でもあの時、君が側に来てくれて、レイチェルも骨を折ってくれて、最後には彼に嫌われていたわけではないことを知ることができた。あの数日間に、『僕は誰からも嫌われる存在』ではないのだと始めて思えたんだ」

 ジョルジアは、思いやりを込めた瞳で頷いた。
「あなたもお父様のことを慕っていたんでしょう」

「わからない。ケニアに戻ってくるまで、僕にとって父は肉親というよりも養育費を払ってくれる他人みたいな存在だったんだ。どんな感情を持っていいのか、わからなかった。手紙もなかったし電話もしなかったから、銀行の振込金額でしか存在が確認できなかった。ずいぶん前にレイチェルが、僕と父の顔は似ているって言って、ドキッとしたよ。その時にようやく肉親として意識した感じなんだ。君は父に実際に会って僕と似てると思った?」

 ジョルジアは病床のスコット博士を思い出そうとした。
「ご病氣でとても痩せて、それに瞼を閉じていらしたから、確かじゃないけれど、マディとあなたの目元の辺りはとてもよく似ているから、それはお父様から受け継いだんじゃない?」

「いわれてみるとそうかもしれないな。母からは、父は僕には自分に似た所が全くないと、我が子かどうか疑っていたって言われてたから、レイチェルの言葉を聴いて、嬉しかったんだ。本当のところは、わからないけれどね。もっとも、母は僕によく言ったよ。『お前は本当に父親とそっくりだ』ってね」

「大きくなって似ているところが際だってきたのかしら」
「多分違うな。外見よりも、振る舞いが彼女の氣に入らないと、そう言ったんだ。こんな振る舞いをするのはあの男の血のせいだって言いたかったんだろうね」
「……」

「僕は、父の記憶がなかったから、そうなのかと思っていたけれど、成人してから再会した父は、僕みたいにぐずぐず考えてばかりではなくて、有言実行の人だったよ。だから、僕は少しがっかりしたんだ。本当に父から受け継いだところがあって欲しかったって」

「あるわ。あなたもお父様と同じように立派な動物学者じゃない」
「父は確かに一流の学者だったけれど、僕は違う。でも、怒り任せだった母の言葉は、僕に根拠のない自信を抱かせたのかもしれない。父に似ているのならば僕も立派な動物学者になれるだろうと、大学を卒業するまでなんとなく思っていた。そうじゃなかったら、もっと早くに諦めてしまったただろうね」

「お父様は、あなたが自分と同じ動物学者になってくれて、嬉しかったんじゃないかしら」
「どうだろうね。でも、彼が祖父のトマス・スコットを心から尊敬し誇りを持って同じ職業についたいたことは知っている。だから、僕が同じ道に進むのを嫌がらないでくれてありがたかったよ」

「あなたはお母様にも似ている?」
ジョルジアが訊くと、彼はわずかに間を空けてから口を開いた。
「似ている所はいくつかある。髪の色が同じだし、あまり背が高くないのも母の方からもらったかな」

 だが、彼は氣質の相似点については、全く口にしなかった。


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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

楽して旨味

ここ数年、日本で流行った調味料をいろいろと試してきました。ただし、ずっと遅れて。

きっかけは、数年前に体重がドンと増えてしまい、ダイエットを敢行したことに始まります。ダイエットはそこそこ成功し、今は増えそうになるのをなんとか食い止めている状況。

で、その時に、単に量を減らすだけでなく健康に美味しく食べなくては(しかも楽に)と、ネットで調べて日本で流行ったいろいろな調味料を試すことになったというわけです。

いろいろと試した後に、我が家にあった常備がわかってきました。たとえば、塩麹、塩レモン、マッサ・ド・ピメンタオン、チャツネなども一通り自作しましたが、使用頻度があまり多くないので今は作らなくなりました。

現在、作って常備しているのは、塩麹の粉末、甘酒、醤油麹、かえし(蕎麦つゆの素)、ネギ油、ブールマニエ(バターと小麦粉で作ったホワイトソースの素)、食べる醤油です。

先にネギ油の話を書いてしまいますが、これは買ってきたネギの捨てる青い部分を使って油に香りを移すのですね。この油を使うと、料理がはじめから美味しそうな香りになるのです。日本には、普通に売っているので、忙しい方はわざわざ作ることはないかもしれませんが、こちらではもちろん作るしかありません。でも、作る甲斐ありますよ。

それから乾燥麹を使った調味料の話です。

会社の九時の休憩に朝食として、穀類、チアシード、ヘンプシードと一緒にヨーグルトを毎朝カップに半分くらい食べているのですけれど、日本より発酵食品が少ないこともあって、それだけじゃ足りないかなと、乾燥麹を日本から持ってきたのです。

麹から作るものでは、塩麹と醤油麹と甘酒があるのですけれど、塩代わりに振るという目的では、液体の塩麹よりも塩と乾燥麹を粉砕した粉状のものの方が使いやすいことがわかりました。液体の塩麹を使いたい時には甘酒に塩を入れるのでもOKです。そして、醤油麹は旨味が多くて美味しいのと、味噌と合わせて中華で使う海鮮醤の代わりにもなるのですよね。そして、かえしは、本当に便利で和風料理にはほとんどこればかり使っているのですけれど、ここにも醤油麹を混ぜて旨味を増やしています。

ちなみに、かえしは、醤油と砂糖とみりんで作るものなんですが、みりんがないので白ワインとメープルシロップで代用しています。代用してもちゃんとそれらしい味になるんですよ。

食べる醤油は、日本で市販のものが美味しかったので、自作するようになりました。スパイスコーナー売っている乾燥タマネギを、胡麻、塩、かえし、小麦胚芽、ニンニク、オリーブオイルなどと一緒に粉砕してペースト状にするのですね。

もちろんご飯と一緒に食べても美味しいのですけれど、スパゲッティの隠し味にしたり、肉料理のソースに入れたり、便利に使っています。
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【小説】霧の彼方から(4)彼の問題 - 2 -

「彼の問題」の続き、三回に切った二つ目です。この話、前作「郷愁の丘」よりもずっと短い中編で、章は全部で九しかないのですけれど、四までが導入部……。

単に疲れていたのか、ボーッとしていたのか、アレの最中に妙な行動をしてしまい自分でショックを受けていたグレッグ。「なんとかしなくては」と思った模様です。

前作に続き今作でも、マサイ族の長老がでてきて重要な役割を果たしています。このキャラクターは、私がアフリカに行くきっかけとなった本、ライアル・ワトソンの「アフリカの白い呪術師」に出てくる長老へのオマージュです。私の小説には、いわゆるファンタジー要素はなく、物事を魔法で都合よく説明・解決する存在や設定は皆無です。でも、現実の世界にあるように「これ、単なる偶然? それとも、何かものすごい未知なる力が働いている?」的な、ギリギリどっちともとれる話はよく出てきます。長老はいわゆるウィッチドクターですが、前作での発言にしろ、今回にしろ、本当に何もかも見えて導いてくれているのか、適当に言っていることが偶然グレッグの人生に大きな導きの光になっているのか、その辺は読者の判断にお任せします。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(4)彼の問題 - 2 -

 それから一週間ほど経った。二人は夕食の後、いつものようにテラスで星を眺めながらワインを飲んでいた。ニューヨークへ出発する便の予約のことを話していた時に、不意に彼が言葉を切った。ジョルジアは、どうしたのだろうと彼の顔を見つめた。

「今日、長老に会ったんだ」
彼は、戸惑いながら話しだした。ジョルジアは、首を傾げた。
「あの、マサイの?」

 彼は頷いた。彼女が初めて《郷愁の丘》に滞在した時に、連れていったマサイの集落。今日は、大学での講義の帰りに一人で寄ってきたのだ。
「外国人の依頼でライオンの密猟をしているレンジャーがいるという噂があって、情報をもらいにいったんだ」

「密猟? 本当にそうだったの?」
「ああ、本当だった。ちょっと有名な雄ライオンが狙われていたんだ。でも、そのキクユ族のレンジャーは、失敗しただけでなく、反対に夜中に狙ったライオンに襲われて命からがら逃げ出したそうだ。怖がって都会へ引っ越したので、もう過去の話になったと教えてくれた」
「そう。よかった」

「うん……」
彼の話は、まだ終わっていないらしい。彼の少し沈んだ表情が氣になった。
「どうしたの、グレッグ」

「長老が、僕の顔を見て、心に重石があるだろうと」
「まあ」
「長老は、部族の精神的指導者でもあるんだ。悩みを見抜かれたのはこれが初めてじゃない」

「相談してみたの?」
「具体的にじゃないけれどね。どうしようか思いあぐねていることがあるって言ったよ」
「それで?」

 グレッグは、小さく笑った。
「重々しく言われてしまった。……答えは、お前とともにあるってね」

 ジョルジアは、首を傾げた。
「どういうこと?」
「どうすべきか、自分でわかっているだろうって意味だと思うよ。帰り道に、僕はどうしたいんだろうか考えていたんだ」

 彼女は、何も言わずに彼の顔を見つめた。彼が心を決めたのは、その表情からわかった。彼は、ワイングラスをテーブルに置いて、彼女の方に向き直った。

「ジョルジア。予定を変えても構わないだろうか」
「変えるって?」
ジョルジアは、まさか結婚を取りやめたいと言い出すのではないかと不安になって訊いた。

「二週間ニューヨークに滞在する予定を、例えば一週間にして、イギリスに寄っても構わないか」
グレッグは、とても済まなそうに訊いた。

 ジョルジアは、はっとした。
「ええ、もちろんよ。いいアイデアだと思うわ。どちらにしてもヨーロッパでトランジットしなくちゃいけないんですもの。一週間滞在するのはまったく問題無いわ。十日でもいいのよ。なんといっても、イギリスにはお母様がいらっしゃるんですものね」

 彼は頷いた。
「僕の例の異常行動は、おそらく母との歪んだ関係が原因じゃないかと思うんだ。子供の頃と違って、そのことは氣にしていないつもりだった。でも、父の時もそうだったけれど、僕はその問題に直面するのを避けていただけなんだ。だから、今になって鬱屈していた想いが表面化してきてしまったのかもしれない」

 ジョルジアは、二ヶ月ほど前に、結婚式の話をした時のことを思い出していた。「お母様を招待しなくていいの」と訊いたが、彼の返事は「必要ない」だった。彼自身がクリスマスカード以外の連絡をしていないと言っていたので、彼が会いたくないのだろうと思った。だから、その件には敢えてそれ以上は触れないようにしてきた。

 ニューヨークにケニアの知り合いを全て招ぶことは難しいため、リチャードとアウレリオがヴォイでのパーティも計画してくれている。そちらは、主賓がレイチェルなので、彼女を毛嫌いしているというグレッグの母親を招待するというようなことは考えられなかった。

 それでも、グレッグにとっては実の母親だ。やはり何も言わずに結婚したくないのだろうと思った。ジョルジアも、義理の娘になる以上、できることなら会ってみたいと思っている。
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Posted by 八少女 夕

Joseph Josephのコンポスト用容器

今日の記事は、またしても買っちゃった話です。ただし、今回は日本ではなくてヨーロッパ間の個人輸入。

なんて書いていますが、欲しいと思ったきっかけは日本の情報でした。私はiPhoneアプリで日本のニュースをチェックしているのですけれど、その生活のコーナーにときどき「これは便利!」というような商品があって、どうしても欲しい場合は日本から送ってもらう手間をかけても購入しているのです。そして、最近「これはほしい!」と思ったのがこのコンポスト用容器でした。

コンポスト用容器

正確には「Compo™ 4 Food Waste Caddy」という商品です。

コンポスト用容器というのは、説明が少し難しいのですけれど、要するに生ゴミを入れておくバケツだと思ってください。私の住んでいる地域では、野菜関係の生ゴミは農家の肥料とするべく特別のコンテナに出しそれを週に一度回収してもらうシステムになっているんですね。一軒家だと子供が一人ぐらいは入れるサイズのコンテナで、集合住宅だと大人が入れるくらいのサイズのコンテナが道路に置かれるわけです。

で、各家庭は、そこまでコンポストを持っていくのです。つまり、料理する度に外まで生ゴミを置きに行くことも可能なのですけれど、やはり少し面倒なので、台所にコンポスト用の生ゴミを一時期保管しておく容れ物を用意することになります。一番多いのは緑色で四角い容器なのですけれど、外に出しておくのはいまいち美しくなく、シンク下に置いている人が多いです。

これ、実際にやってみるとわかるのですけれど、少しずつストレスがたまるのです。シンクのところで生ゴミが出る。土がついていたり濡れている状態で、シンク下の扉を開ける。かがんでバケツの蓋を開けて生ゴミをしまう。手を洗い直して扉やバケツ周りをきれいにする。ほんのわずかの行為なのですけれど、料理の度にこれをやるわけです。

かといって、シンク横にずっと置いておくのは見た目が悪すぎるんですね。

で、このコンポスト容器を見た時に、私は飛びついたわけです。「理想だ!」って。

写真や下の動画を見るとわかりますが、これは横に細長い容器で、指で持ち上げるだけで蓋が開きます。そして、野菜の切りくずも、お皿の残り物もさっと入るのです。そして、窓辺においても違和感のないデザインであることもポイントです。個人的にとても重要なのが、スイスのどこでも買えるコンポスト用の袋(ビニールに見えますが、後に土の中で分解するのでそのままコンポストに捨てられる)5リットル用がピッタリ収まるのです。

購入してしばらくして、その便利さを実感したのは、なんとこれに替えてから、連れ合いが自分の出した果物の皮やパンくずなど、今までどんなに口を酸っぱくしても放置していたコンポスト類を自らこの容器に入れるようになってくれたんですよ。「面倒を感じさせなくする便利な商品」の偉大さを改めて噛みしめました。

私は直接買いましたが、Joseph Josephはスイスにもどういうわけか送料なしで送ってくれました。日本にもこの会社の製品は入っているようです。おしゃれなだけでなくかゆいところに手の届く有用なデザイン、おすすめですよ。

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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(4)彼の問題 - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。これまでは、ジョルジアが一人であれこれ考えていたのですが、今回はグレッグ側にスポットが当たります。プロローグで書いたイギリス行きの理由がようやくここで明らかになります。って大した話じゃないんですけれど。

今回もあいかわらず大したことはないR18的表現が入っています。苦手な方には申し訳ないですが、ここはストーリー上どうしても書かざるを得なかったシーンですのでお許しください。その代わり、この小説でのR18シーンはこれでおしまいです。

二つに切るか、三つに切るかまたしても迷ったのですが、二つだと後半が長すぎるので、やはり三回に分けます。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(4)彼の問題 - 1 -

 それはいつもの優しい舌使いとは違い、しごいて絞るような吸い付き方だった。ジョルジアは出産経験がないのでわからないが、まるで赤ん坊が母乳を飲むために母親の乳房に吸い付いているかのようだった。

 はじめはふざけているのかと思ったが、彼はその行為に耽り、まるで他のことを完全に忘れているかのようだった。彼の体重がのしかかり、腹部から下は圧迫されていたし、吸い付く力も強すぎて、快感よりも痛みが強かった。彼女は眉をしかめて呻いたけれど、彼はまったく意に留めなかった。

「グレッグ……。ねぇ、あの……」
彼女は、躊躇いがちに声をかけた。彼がそれでも反応しなかったので、彼女は不安になった。

 彼女は、手を彼の頬に当てて、少しだけ力を込めて押し返した。彼がびくっと震えて、動きが止まった。そして、彼は吸い付いていた口の力を抜き、彼女の乳首を解放してから起き上がった。

 暗闇の中で、数秒、何も動かなかった。彼女は、少し体を浮かせて、月の光で彼の表情を読もうとした。彼は少し震えていた。
「ごめんなさい。あの、ちょっと痛かったの……」

 彼は、はっと我にかえって、慌てて彼女の顔を覗き込んだ。
「すまない。僕は、その……」

 いつもの彼だ。ジョルジアは安心した。
「どうかしたの?」

 彼は、身を動かして半身分ほど離れた。ジョルジアは、彼が傷ついて自分の中にこもってしまいそうなのを感じた。それで、手を伸ばして彼の腕をとった。
「いいの。大丈夫よ。あなたのしたいようにしていいの。慣れていないやり方だったから、びっくりしてしまっただけなの」

 彼は、彼女の近くに戻ってきて、しばらく何も言わなかったが、やがて黙って抱きついてきて、しばらくそのままでいた。彼が声を殺して泣いているのがわかり、彼女は彼の背中をさすって落ち着くのを待った。

 その夜は、お互いにそれ以上のことをする氣は削がれてしまい、彼が落ちついてからそのまま眠った。

 夜明けに目がさめてから、二人はいつものようにルーシーと一緒に朝の散歩をした。ジョルジアは、昨夜のことには何も触れなかった。とても繊細な状態にある彼を急いで刺激しないほうがいいと思ったのだ。

 ジョルジアは、ジョンに傷つけられてしばらくクリニックに入院しなくてはならなかった時の、精神状態を忘れていなかった。今となってはありえないような奇妙な動作をくりかえし、側にいてくれた兄のマッテオは、狂わんばかりに心配した。それがおかしな行動だとは、あの時の自分は認識していなかった。彼女の心は違うところを彷徨っていたのだ。

 昨夜のグレッグは、おそらくどこか別の世界にいたのだ。もしかしたら、かつて愛していた人の幻影を求めていたのかもしれないし、そうでない何かに取り憑かれていたのかもしれない。それを無理に問いただしたりしてはいけないと思った。

「ジョルジア」
赤く染まったサバンナを眺めながら、彼が話しかけた。

「なあに?」
「昨夜は、すまなかった……。その……」

「いいの。氣にしないで。いま説明しなくてもいいの。もし、話したくなったら、その時に聴くから」
ジョルジアが言うと、彼は、こちらを見つめた。潤んだ瞳と、泣き出しそうな表情に、ジョルジアの心は締め付けられた。

「実をいうと、あの時、ほとんど意識がなかったんだ。自分でも、少しショックだった。その……もしかしたら、なんというか、医者にかかったほうがいいのかもしれない」
「お医者様って、なんの?」
「わからない。精神的なものかな」

 ジョルジアは、答えに詰まった。彼の落ち込んだ姿を見るのは辛かった。
「私は、専門的なことはわからないけれど、それほど病的だとは思わないわ。無意識に何かをするのは、時々あることじゃないかしら。疲れていただけかもしれないし」

「怖がらせたんじゃないか?」
心配そうに訊く彼をジョルジアは愛しいと思った。彼女は、そっと彼の掌を握った。
「心配しないで。大丈夫よ。だから、私が寝ぼけても、追い出したりしないでね」

 彼は、ほっとしてようやく小さな笑顔を見せた。

 ルーシーは、どんどん先へと歩いていく。二人は、いつものように会話をしながら、愛犬を追った。崖の下には、目覚めたばかりのキリンの群れがゆっくりと行進していた。いつもと変わらぬ、素晴らしい朝だった。
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Posted by 八少女 夕

まもなく一年

今年になってまだ数週間しか経っていないような錯覚に陥っていますが、もう間もなく五月が終わります。

献花

昨年五月の終わりの日、突然の母の訃報にショックを受けつつ日本行きの荷造りをしたのですが、あれからもう一年なのですね。

親離れができていなかった私にとって、母の死は天地がひっくり返るくらいの大きなショックでしたが、そうした心理的なものだけでなく、手続きや身辺整理という意味でもスイスに移住した頃と同じかそれよりも大きな変化を伴った一年でした。

この間、日本には母の葬儀も含めて二度行きました。そして、その間二度ベルンの日本大使館に行き、あれこれ手続きをして、姉と相談しながら母の遺品を整理し、日本に放置していた私物とともにスイスにいろいろと送りました。

そんなあれこれをこなし、さらにはずっと欠かさなかった週に一度の母との電話がなくなって、自分と日本をつなげていた小さな糸のようなものが、どんどんとほどけてなくなってきているように思います。

私は日本生まれの日本人ですから、その根本が変わるわけではないのですけれど、結婚した時になくなった住民票や印鑑証明、その後にできたマイナンバーをもらえない存在であること、それに銀行に登録している住所、さまざまな会員証に使っていた実家の住所や電話番号を変えなくてはならなくなったこと、等々の物理的実質的な結びつきがどんどんとなくなっているのですよね。

それに、日本に帰る度に、昔馴染んでいた物が次々となくなり、変わってしまい、懐かしい風景や故郷といえる存在が少なくなっています。まあ、これだけ時間が経てば、それは自然なことなのですけれど。

日本の通販でいろいろと買い物をして、届けてもらうのは姉になりましたが、買うのはどうしてもこちらでは入手できなくて困る物だけにする努力を始めました。

同じMade in Japanもしくは日本のブランドでも、ヨーロッパで入手できる物も多くなってきました。三月にイギリスに行った時には、日本で買いそびれた無印良品やユニクロの製品を買いました。日本よりも割高ではありましたが、でも、送料を考えたらそんなに悪い買い物ではなかったです。最近チューリヒにも無印良品ができたらしいので、いずれはそこでどうしても欲しいものを買うかもしれません。

日本で買い込んでいた食品も、本当に必要な物の大半は割高ですがスイスでも入手できるか、代用品を自分で作ることができることがわかってきました。

そんなわけで、今後はもしかするとこれまでよりもずっと長い間隔を開けて日本に帰ることになるのかなあと思っています。いや、もしかしたら次回は「行く」になるのかなあと感じています。

それでも自分はまだ精神的な日本人なのだと思う拠り所は、日々こうして日本語で何かを綴っている活動です。ますますコウモリ化していく自分の立ち位置に戸惑っていますが、小説にしろエッセイ的な文にしろ、こういう特異な存在であることもある種の利点だと前向きに受け止めて、書き続けていこうと思っています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 3 -

「霧の彼方から」の続き、三回に分けたラストです。

ジョルジアが主人公である小説は「ファインダーの向こうに」「郷愁の丘」に続く三作目なのですが、少しずつ彼女の外側の鎧のような部分が外れてきたと同時に、その恋愛初心者ぶりが表面化してきています。コンプレックスのために本来ならばティーンエイジャーの頃に解決すべき問題をそのまま放置し、今ごろ直面せざるを得なくなってきているのです。この章では、イギリスへ行く前のジョルジアの問題が浮き彫りになり、次章ではグレッグの方の問題に焦点が移ります。

今回もR18的表現が入っていますが、例によって「だからどうした」程度の描写です。


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あらすじと登場人物




霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 3 -

 確かにこれまで見た多くの婚約中のカップルは、街中であれ、仲間と一緒に楽しく飲んでいる時であれ、しょっちゅう見つめあったり、キスを交わしたりしていた。ジョルジアが彼の首に腕をかけてもたれかかれば、彼は嫌がりはしないだろうが、彼女はそういう姿を周りに見せたいと思うような性格ではなかった。グレッグも、かつてジョルジアに対する想いを隠していたときと変わらずに、人前でジョルジアに触れることはまずなかった。

 久しぶりの再会でも、彼の態度は控えめだった。ムティト・アンディの駅でホームに降り立ったジョルジアに飛びついてきたのは、愛犬ルーシーの方だった。ちぎれんばかりに尻尾を振った犬がようやく落ちついて離れた時には、グレッグはもう脇に置いた彼女の荷物を手に持って、穏やかに彼女に微笑みかけた。

「よく来たね。長旅で疲れただろう。車で少し休むといい」
ジョルジアは、なんて彼らしいんだろうと思った。そして、その彼の態度がとても心地よかった。彼の喜びは、瞳から読み取ることができた。そして、その情熱は、いつも誰も知らない二人だけの夜に示してくれるのだ。

 控えめな、確かめるようなキスから始まって、長くより官能的な口づけに移行する。ジョルジアの反応、彼の無言の問いかけに対する確かな答えを感じ取り、彼の行動は大胆に変わっていく。彼女は、彼の腕の中で、肌の暖かさの中で、同じように解放されて違う世界へと導かれていく。精神的な愛と本能に支配された原始的欲望が、違和感なく溶け合っていく不思議な時間を堪能する。躰の歓びは、手紙や会話を交わして築いた共感や魂の共鳴と相まって、二人の絆を更に強くした。

 それは恋人同士であるとか、婚約中であるとか、もしくは夫婦であるといった社会的なレッテルとはかけ離れた、もしくは、そのようなものとは関係ないつながりだった。服を着て、仕事をしたり生活をしたりする人間社会とは異なる浮遊した空間での出来事だった。たとえ世界中の全ての他のカップルが、同じように遺伝子に組み込まれたプログラムに従って同じ快楽を味わっているとしても、それはジョルジアには関わりのないことだった。彼女にとっては、グレッグとの関係だけが神聖で特別だったのだ。

 その一方で、彼女を捉えている、僅かな苦い想いも、やはりこの時間にくりかえし明滅してくるのだ。

 どうにかなりそうな激しい快楽に溺れて、ほとんどの思考力が停止している中で、どこかで冷たい声をした自分が彼女に疑問を投げかけていた。彼の過去について。彼と愛し合った他の女性の存在について。

 こんな歳になるまでまったく経験がなかった自分が特殊であることはよくわかっていた。ひっかかっているのは、彼に誰か恋人がいたことではなく、彼が「いままで誰もいなかった」と彼女に言ったことだ。

 彼の愛を疑っているわけではない。彼がどれほど優しく愛してくれているか、彼女はよくわかっている。その愛は、言葉だけの空虚なものではなく、彼女に関するあらゆる彼の行動から感じ取ることが出来た。

 今回、彼の家に着いて三日目の夜だった。シャワーを浴びてからベッドに向かう前に彼女は持ってきた荷物の中を探っていた。後から入ってきた彼は、訊いた。
「どうした?」

「ハンドクリーム、入れたと思ったんだけれど。ニューヨークに置いてきたみたい」
「ハンドクリーム?」
「ええ。台所洗剤が合わないみたい。手肌がザラザラなの」

 一人ならザラザラでもまったく構わないんだけれど。ジョルジアは心の中でつぶやいた。自分に触れられる相手がどう感じるかは、グレッグと愛し合うようになって初めて氣にするようになったことだ。荒れていない唇も、繊細な指先も、柔らかい頬も、肘や踵にいたるまで全身に滑らかな肌を持つことも、それまでの彼女は必要すら感じなかったことだった。しかし、今の彼女はそれがとても氣になる。その肌に彼が触れるのだから。

 グレッグは、彼女の横に座り、その手を取った。そして、彼の温かい大きな手で包み込むと、申し訳なさそうに言った。
「本当だ。かわいそうに。あの洗剤はきっと強すぎるんだな。考えたこともなかった。それに、日用品を売っている店まで一時間も車で走らなくてはいけなくて、そこまで行ったとしてもいろいろな種類のハンドクリームがあるわけじゃないんだ」

 その暖かい手のひらに包まれて、彼女の心は蕩けた。
「ブランドもののハンドクリームをあれこれ並べる必要なんてないわ。オリーブオイルを塗り込んでもいいんだし」
そう言いながらも、もう台所までオリーブオイルをとりに行って肌のケアをする氣は失せていた。二人はそのまますぐにベッドに潜り込んだ。

 彼の行動の一つ一つが、愛されていることを実感させてくれた。不器用ながらも彼の言葉はいつも真摯で誠実だと感じさせた。飾りは少なくとも選ばれた表現は、彼が正直であることの証だった。

 それなのに、彼が過去の恋人との経緯に関してだけを「なかった」ことにするのは、どうしてなんだろう。彼女の中のもう一人の彼女が厳かに答えを告げる。「お前が劣っていることを思い知らせたりするのは可哀想だと思っているからに違いない」と。
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Posted by 八少女 夕

日本で買った便利なモノ (4)バターカーラー

さて、今日は日本で買ってきた便利グッズを紹介するコーナーです。四回目の今回はバターカーラーです。

バターカーラー

バターカーラーといわれても「何それ?」という方、多いかもしれませんね。読んで字のごとく「バターをカールさせる道具」なのです。

バターの保存は当然ながら冷蔵ですけれど、出してきてすぐだとパンに塗る時に固い。もちろん使う量を早めに冷蔵庫から出してしばらく待てば柔らかくなるのですが、結局いつもギリギリに思い出して……という繰り返しですよね。

で、バターカーラーの出番なのです。写真のように「おっしゃれ〜」な状態にしてドヤ顔で客に出すために使うこともできるのですけれど、こうやって小分けにして置いておくと早く柔らかくなるのです。

バターカーラーには幾種類かあり、ホテルなどでよく見かける貝殻型のバターを作るには、ドイツ製のギザギザナイフを円形に丸めたようなものを使います。

このバターカーラーも買ったのですけれど、結局私が普段使うのは、写真のステンレス・バターピーラーナイフ。

ロール型のバターの形は、ドイツ式の方が素敵なんですけれど、洗ったりしまったりする時に、危険、洗いにくい、引き出しの中で場所をとるというような、取り扱い上の問題があって、使わなくなってしまったのですね。

写真の製品は、洗うのも、しまうのもぱっぱとできるし、場所もとりません。ホテルの厨房のように場所もたっぷりあるならともかく、普通の家庭では、この方が便利みたいです。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 2 -

「霧の彼方から」の続きです。三回に分けた二回目ですけれど、ここも少し中途半端な区切りだなあ。まあ、いいか。

もしかすると、幻の風来坊男であるアウレリオ、初登場? ま、勿体ぶって出さなかったわけではなく、本当にいつもいないんだ、この人。

さて、これまで細かくは説明していないのですが、グレッグと腹違いの妹マディは十歳離れています。「郷愁の丘」本編と「最後の晩餐」という外伝で、十歳だった彼が両親の離婚に伴いイギリスに引っ越したという事情を書きました。(そんな詳細はどなたも憶えていらっしゃらないと思いますが)つまり、レイチェルの存在と妊娠が契機となって、別居中だったグレッグの両親は正式に離婚したのですね。もっとも、ジェームスはその後もマディのことを正式に認知しなかったようです。


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あらすじと登場人物




霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 2 -

 買い物のためにヴォイへ出てくることを知ったマディは、ランチに招待してくれた。グレッグとマディの父親、故ジェームス・スコット博士の臨終と葬儀の時にしばらく一つ屋根の下で過ごして以来、ジョルジアはマディやその家族とすっかり仲良くなった。

 グレッグと父親は実の親子にもかかわらず、奇妙なほど他人行儀な関係しか築いてこなかったのだが、それを補うようにマディとその母親のレイチェルが、グレッグとジョルジアを新しい家族として受け入れてくれたのだ。

「やあ。ジョルジア、久しぶりだけれど、去年逢った時と変わらないね。ニューヨークからの長旅、お疲れ様。あのサバンナのど真ん中で、こいつと二人っきりだなんて、退屈していないかい」
立て続けにしゃべりながら、迎え出たマディの夫アウレリオが抱擁してきた。

「チャオ、アウレリオ。なかなか面白い冗談ね」
ジョルジアは、兄が持たせてくれた最高の出來のスーペル・トスカーナ・ワインを渡しながら苦笑した。

 グレッグとは学生時代からの付き合いであるアウレリオは、イタリア人らしい罪のないジョークをよく飛ばす。当の本人がそれを冗談とは受け止められず、軽口の返答も返ってこないことには無頓着だ。

 そうはいっても、ジョルジアも氣の利いた返しや、大げさな惚氣まじりの反論を口にすることが出来ない。

「アウレリオったら。この二人はこう見えても新婚ほやほやなんだから、くだらないことを言わないの」
キッチンから出てきたマディが、助け船を出してくれたので、彼女はほっとした。

「新婚ねえ。僕たちの蜜月はずっと濃いし、まだずっと続いているよね。愛しのマレーナ」
アウレリオは、マディを後ろからぎゅっと抱きしめて、豊かな栗色の髪に口づけをした。

「オックスフォードで始めて出会った時のことは生涯忘れないな。あの日、僕の人生は光り輝くようになったんだ」

 マディは夫の言葉に苦笑いした。
「ありがとう。アウレリオ。残念ながら、私はその日にあなたと会ったこと、全く憶えていないんだけれど」

 ジョルジアは、おもわず「え?」とつぶやいた。マディはウィンクをした。
「ママに初めてヘンリーと引き合わせてもらった日らしいんだけれど。一度も会ったことのない腹違いの兄にやっと会えるって緊張していたんだもの、他の人なんて目に入っていなかったわ」

 ジョルジアが確認するように見ると、グレッグはわずかに笑って頷いた。
「レイチェルが特別講義でオックスフォード滞在している時に、マディが訪ねてきたんだ」

「そうなの。夏休みに入ってすぐだったわ。どうしても行きたいって、ママに頼んだのよ。私だってヘンリーと知り合いたいってね。ヘンリーに会うのもドキドキだったけれど、あのベリオール・カレッジのディナーっていうのも嬉しくて、途中で逢って挨拶した人のことまで憶えていなかったの」

「ひどいな。運命の出会いよりもお皿の中のことを憶えているって訳かい?」
アウレリオは、妻のことしか見えないという風情で微笑みかけた。
「だって、観光客でも入場できるホールじゃなくて、オールド・コモンルームでのディナーだったんですもの。1200年代からの格式あるダイニング・ルームにケニアから来た十五歳の小娘が行けるなんて夢みたいでしょう」

「十五歳?」
ジョルジアが問うと、グレッグは頷いた。
「そうだったね。あれは、イギリスにいた最後の年だった。僕と母がケニアを離れて直に生まれたって話を祖父から聞いていたけれど、実際に逢ったらティーンエイジャーになっていたのでびっくりしたよ」

「僕が、あの綺麗なお嬢さんに紹介してくれって頼んだのに、渋ったことは忘れないぞ」
アウレリオが笑って言った。グレッグは苦笑いした。
「もちろん。マディの見かけは大人びていたけれど、まだ子供だと思ったし、軽く恋愛ゲームをする対象にされたら困ると思ったんだ。それに妹といっても、会ったばかりで、それほど親しいって訳じゃなかったし」

「でも、橋渡ししたの?」
ジョルジアが訊くと、マディが笑って答えた。
「ヘンリーは紹介するつもりがないのに、私と会うどこにでも勝手についてきたのよね」

「そうさ。紹介せざるを得なくしたんだよ。でも、お陰で僕たちはこうしてここにいるんだからね」
アウレリオは胸を張った。笑いながら、ジョルジアはいかにもアウレリオらしいと思った。全く躊躇せずに、自分の道を切り拓いていける。それはこの人の才能の一つだ。

「もちろんアウレリオは特別だと思うけれど。でも、あなたたちを見ていると、婚約中ってなかなか信じられないわよ」
マディの言葉にジョルジアは笑った。
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Posted by 八少女 夕

おじさま好きのはずが……

今日は、本当にどうでもいい記事です。あらかじめ断っておきます。

昨年のオフ会で話題になったのですけれど、「どんな対象に萌える」みたいな質問に私は速攻で「おじさま!」と答えたんです。昔からの傾向なんですけれど、お目々キラキラ、お肌つやつやの美少年にはあまり興味がなく、いや、可愛いなあとは思いますけれど、恋愛対象としては「特に何も感じない」だったのです。(あ、私は誰がどんな方を恋愛対象にしていてもいっこうに問題ないのですけれど、本人としては異性以外には恋愛感情を持たないタイプです)

で、学生のころから、周りがアイドルなどにキャーキャー言っている時におじさま好みを口にしてドン引きされていました。

最近、「ああ、この人、追っかけたいぞ」(リアルじゃないですよ! あくまで心のアイドルとして)と思った芸能人は、英国のスーパーモデルのデイヴィッド・ギャンディです。服着てもこの通りダンディですが、脱いでも素晴らしい。眼福です。

David Gandy by Conor Clinch (2013) - cropped
David Gandy by Conor Clinch (2013) - cropped.jpg
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

で、あいかわらず「なんてオヤジ趣味なんだ、私」と思っていたのですけれど、実はこの方、1980年生まれです。えっと……ずっと歳下だわ。それを認識した時に、自分がものすごく痛い存在だとがっくりきました。

あ、でも、ファンは辞めませんけれど。
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Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。プロローグのイギリスシーン(三月末)に戻るまでにはもう少しかかりますが、二月の時点に移っています。前作のラストの章で、「君が二月に来るのが待ち遠しい」とグレッグの手紙にあった、その二月ですね。

半分に切るか、三回に分けるか迷った末、やはり三回にしました。で、今回は少し短いです。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(3)新しい生活と不安 - 1 -

 それからまた半年近くが経った。一ヶ月の休暇が終わるとジョルジアは、ひとまず帰らなくてはならなかった。婚約はしたが、その時点ではまだ具体的なことは何も決まっていなかった。ニューヨークに戻ってから、以前のように手紙と電子メール、それから時々は電話で交流を持ちながら、実際の手続きについて相談した。

 結婚後の二人の住まいは《郷愁の丘》になったが、ジョルジアの会社との契約や取り組んでいる撮影スケジュールを考えると、実際にケニアに住むのは年に半分ほどになりそうだった。ジョルジアはニューヨークでは少し小さめのフラットに遷り、家財を整理した。《郷愁の丘》に置くもの、ニューヨークに残すもの、それに処分するものがあった。

 新しい勤務態勢を整えるために《アルファ・フォト・プレス》での打ち合わせもこれまでよりもずっと多かった。半年はあっという間だった。

 それに、家族の問題があった。ジョルジアの新しい門出を家族はみな心から喜んだが、ケニアがメインの住居になるとわかると、特に兄のマッテオが盛大な結婚式で送り出したいときかなかった。派手なことが苦手だと難色を示すジョルジアとの押し問答の末に、ニューヨークでの結婚式と、家族や同僚、それに親しい友人たちを集めて行きつけの《Sunrise Diner》でパーティをすること、日を改めてスイスのサンモリッツでヨーロッパの親族を集めた食事会を開催することになった。

 ケニアでは結婚式はしないが、どちらにも招待することのできないケニアの同僚や知人もいるので、グレッグの家族といっていいレイチェルやマディを中心に、ケニアでもパーティをすることになった。マディの夫のアウレリオとその親友であるリチャード・アシュレイは、ニューヨークでマッテオがそうしたように、いつの間にか話をどんどん大きくしている。グレッグもジョルジアもパーティが苦手なのだが、こればっかりは仕方ないと諦めた。

 彼らには《郷愁の丘》があった。リチャードに言わせると「地の果て」、よほどの意思と必要性がなければたどり着けない不便な立地に、孤高に立つ家。目の前に広がる広大なサバンナと、音も立てずに輝きのオーケストラで一斉に語りかける満天の星空を備えた隠れ家。

 そこは文字通り、隠れ家だった。他の人間社会から、切り離されているのだ。ここにいる時は、誰一人として「ちょっと飲んでいるから出ておいでよ」と電話をかけてきたりはしない。「遠いので」と告げるだけで、パーティにも行かずに済む。誰とも上手く話せずに人々の間に一人で立ちすくむ、居たたまれない想いから解き放たれるのだ。

 《郷愁の丘》には、ジョルジアの求める全てがあった。グレッグの人となりを知り、輝かしい朝焼けに共に言葉を失い、星空の下で自分でも信じられないほど沢山のことを語り合う、その歓びの舞台になった場所だ。彼女はある時、彼との結婚によってそこが我が家となることを改めて認識し、震えが起こるほど喜びを感じた。

 ジョルジアは、二月の終わりに《郷愁の丘》へ戻ってきた。アメリカでの結婚式のために三月末にまたニューヨークへ行かなくてはならないが、仕事のスケジュールを鑑みると新生活を始めるのはこのタイミングが一番よかった。
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Posted by 八少女 夕

ヴィーノ・モスカート

今日はお酒の話ですね。

ヴィーノ・モスカート

一人でふらっとバーに立ち寄る時、何を頼むか決めている方ってどのくらいいるのでしょう。日本の方で多いのは「とりあえずビール」かしら。大抵のドイツ人やスイスでも若い方はビールを頼む傾向があるように思います。

私はビールの味があまり好きではないので、ビールを頼むことはありません。そもそも飲み会でビールかソフトドリンクしかないというような時は迷わずソフトドリンクを飲んでいました。今は、ビールを飲まなくてはならないというようなアルハラならぬビールハラ(私にとってだけですけれど)の存在しない世界に住んでいるので、もう●十年ビールを飲んでいないかも。

で、その日に一杯しか飲めない、それもちゃんとしたディナーというようなときには、食事にワインを飲むのですが、そうでない時の一杯目に選ぶ確率が高いのが、ヴィーノ・モスカートです。(ようやく本題だ)

これデザートワインの仲間なんですかね、非常に甘口の白ワインで、とても口当たりがいいのです。日本の懐石料理などで食前酒に甘い果実酒が出てくることありますよね。あの感覚で私は頼みます。もちろん量がずっと多いのですけれど。

お氣に入りのカクテルを頼むのもかっこいいなあと思いますが、私の好きなカクテルは、スイスやよく行くイタリアではあまり知られていないことが多く、注文が面倒くさい。それにあまり強いカクテルだと、私の飲むスピードではいつまで経ってもご飯を食べにいけません。

その点、このヴィーノ・モスカートは、簡単に注文できて、飲むのもあまり苦にならず、しかも、いつどこで頼んでも味に当たり外れがほとんどないのです。

写真は、クリスマス前に一人でイタリア側スイスのルガーノに行った時のものです。一人だったので食事に行くのが面倒だなあと思ったので、馴染みのバーに行きました。ここ、お酒を頼むとただでたくさんおつまみを出してくれるのです。だから、ヴィーノ・モスカートの後に、赤ワインを一杯頼み、ついてきたおつまみでもう夕ご飯だということにしてしまいました。
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